ホーリー・モーターズ

ホーリー・モーターズ “Holy Motors”

監督:レオス・カラックス

出演:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデス、
   カイリー・ミノーグ、エリーズ・ロモー、ミシェル・ピッコリ、
   ナースチャ・ゴルベワ・カラックス、レダ・ウムズンヌ

評価:★★★★




 物語を追い掛けることに必死になると、わけが分からなくなる。主人公の初老の男は銀行家として家を出ながら、しかし向かう先は銀行ではない。女ドライヴァーのいる真っ白なリムジンに乗り込んで始めることと言ったら、特殊メイクを施した変装だ。別人に化けた男は到着したパリの道端で、物乞いの老婆として時間を過ごす。リムジンに戻ると、今度はモーションキャプチャーのパフォーマーへと姿を変える。しかもこれを、一日かけて何度も繰り返す。

 まず、何と言っても、現実と夢の境を揺らめく空間が魅惑的だ。男は変装を変える度、まるで異なる場所に姿を現す。けれどそれらは、夢現という言葉で繋がっている。細部まで豊かな美術。光と影をくっきりと捉える撮影。極力排除された音。…どこででも見かけそうで、けれどどこかからくり屋敷めいた空間。果たして今見えているものは現実のものだろうか。

 何人もの別人に扮装していく主人公の姿からは、人は誰しも仮面を被り、幾通りもの人生を歩んでいることを読み取ることが可能だ。しかし、それで終わっては味気ない。当たり前が過ぎるのではないか。『ホーリー・モーターズ』はレオス・カラックスが、映画という芸術を考察した作品として観るのが、断然面白い。

 とりわけ、「演技」という技についての細部が開放されていく。次から次へと他人を生きる男の姿には、その充実感と虚無感が内包されている。男は楽しげで嬉しそうで、なのに苦しそうでもある。他人になることで生を実感し、けれど死にも着実に近づいている。男は別の人物に成り代わる際、その直前の記憶をリセットはしていない。その経験を自分の肉とし血としている。身体は疲労する。それでも男は生き方を変えることはしない。数時間で完結する人生に、演技の栄枯盛衰を見る。

 カラックスが主演にドニ・ラヴァンを置いたのは必然なのだろう。かつての作品でその肉体を知り抜いているラヴァンだからこそ、その変身の詳細を描き込むことができたのに違いない。俳優と監督の密な関係も見えてくる。「お前はお前として生きろ」というセリフが出てきたのにはどきりとする。カラックスはラヴァンの肉体の虜になっている。そう考えると、かつてジュリエット・ビノシュにこだわったのは何故。

 カラックスが創り上げた空間に、ラヴァンが創造したキャラクターが迷い込む。そのときの肉体の輝きこそが見ものだ。空間とキャラクターが互いを弾き合ってしまっては、息苦しさしか残らない。カラックスとラヴァンは何通りもの人生を輝かせる。歓びも苦悩も悔恨も哀切も、それがあるから胸に来る。ラヴァンの肉体に宿った命の躍動に魅せられ続ける。





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