アンナ・カレーニナ

アンナ・カレーニナ “Anna Karenina”

監督:ジョー・ライト

出演:キーラ・ナイトレイ、ジュード・ロウ、アーロン・ジョンソン、
   ケリー・マクドナルド、ドーナル・グリーソン、ルース・ウィルソン、
   アリシア・ヴィキャンデル、オリヴィア・ウィリアムス、エミリー・ワトソン、
   カーラ・デルヴィーニュ、スザンヌ・ロタール

評価:★★




 確かに舞踏会の場面は大いに魅せる。列車から降り立った駅で擦れ違い、互いに何か惹かれるものを感じたアンナ・カレーニナとヴロンスキー伯爵。ふたりはマズルカを一緒に踊ることで、アッという間に恋の情熱を燃え上がらせる。そこには理屈など存在しない。本能が解き放たれ、雄と雌となったふたりが、遂に出会ってしまったことを自らのダンスで祝福しているかのようだ。

 この重要場面では舞台的演出が活きている。ダンスにはバレエやモダンダンス的要素が組み込まれる(手の動きが心に残る)。ふたり以外の者を静止させる。かと思えば、ふたり以外を一瞬で消し去る。ふたりだけに照明を当てる。カメラは流麗にも、ダンスをふたりの一呼吸のように撮り上げる。大胆不敵なケレンが運命の恋と共鳴する。

 ジョー・ライト監督はなんと、この舞台的演出を映画全体に持ち込む賭けに出る。題材はレフ・トルストイの『アンナ・カレーニナ』。誰でも知っている悲恋だ。映画化も数え切れない。ライトが、ならばこれまでにない思い切った映像的解釈が必要だと踏んだことは容易に想像できる。舞踏会場面はその賭けに勝った、数少ないシークエンスだ。

 そう、多くは上手く機能していない。話が展開するのは基本的に劇場のステージ上。背景は壁に描かれたもの(あからさまに絵だと分かる)。電車の走行は模型で表現。扉を開けると、いきなり外の世界に繋がる。階段を上がると、美術装置の裏側に出る。しかもそこでそのまま話が続く。エキストラの動きも含め、役者の演技には振り付けが多々。中でも場面転換は特徴的だ。撮影や編集のトリックを借りながら、意表を突いたそれが次々訪れる。

 いちいち強烈な印象を残す。それが問題だ。なんと鮮やかな人物の出し入れだろう。場面の切り換えが華麗なこと。この場面でこういう魅せ方を選ぶとは思わなかった。人物の配置センスに優れたライトならではの画面作りに感心し、しかし肝心の話が頭に入ってこないというおかしな事態を引き起こしている。物語ではなく、登場人物ではなく、魅せ方そのものが主役になってしまっているのだ。

 ふと思い出したのはバズ・ラーマン監督の「ムーラン・ルージュ」(01年)だ。歌やダンスではなく、細かなカット割りそのものが主役になってしまった哀れなミュージカル映画。同じようにライトの演出アイデアが物語の奥行きを侵食する。物語は呼吸を忘れ、窒息寸前だ。アンナ・カレーニナの物語と対照的に挿入されるリョーヴィンの物語が、ロケーションを用いた開放的かつ控え目な装飾がなされても浮き上がるだけだ。

 魅せ方が主役になってしまったがゆえ、アンナ・カレーニナのマイナス面ばかりが目につくことになったのが最大の不幸だ。愚かで、思慮が足りず、身勝手で…彼女のそんな一面だけを捉えたい話ではないだろう。キーラ・ナイトレイがいかにコスチューム劇が似合っても、身にまとうドレスの構成が複雑で美しくても、僅かにも頭に入らない。手段であるべき魅せ方が目的になったちぐはぐさが最後まで拭えない。






ブログパーツ

blogram投票ボタン

スポンサーサイト



テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ