ザ・マスター

ザ・マスター “The Master”

監督:ポール・トーマス・アンダーソン

出演:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、
   エイミー・アダムス、ローラ・ダーン、アンビル・チルダース、
   ラミ・マレック、ジェシー・プレモンス、
   ケヴィン・J・オコナー、クリストファー・エヴァン・ウェルチ

評価:★★★★




 傷ついた獣が森に迷い込む。戦争により心に傷を負ったその獣は、気の向くままに衝動のままに動き続け、その度に何かに衝突し、傷を増やしていく。獣を演じるホアキン・フェニックスの入念な役作りに、いきなり身を乗り出す。丸まった背中。歪んだ口元。右目は義眼のように生気がない。まるで獣に憑依しているかのような凄味だ。ポール・トーマス・アンダーソンは獣が迷い込む森の詳細を観察する。

 森は人の好さそうな顔をした王が支配している。フィリップ・シーモア・ホフマンが王に扮する。新興宗教の教祖として住人の心を掴む彼の森は、一見どこにでもある風景を湛えているのに、どこか不安が付きまとう。安らぎと緊張が一緒くたになった不思議な空間を切り取る撮影が素晴らしい。酒に酔い潰れた獣は王の介抱を受ける。獣と王は惹かれ合う。魂と魂が遂に出会ってしまった。アンダーソンは互いが互いを求める磁力を見逃さない。

 『ザ・マスター』はこの磁力こそが最大の見ものだ。生きる恐怖に囚われてしまった獣は、いかがわしくもカリスマ性のある王に救いを見る。得体の知れない獣に危険を感じつつも、王は彼から目を離せない。ところが、ここが独創的なのだけれど、獣と王は決して衝突はしないのだ。大抵の映画は魂と魂がぶつかり合うことで入る亀裂、そしてそこからの再生こそに人生を見出す。それなのにこの物語はそれを敢えて避ける。獣が衝突するのは王に迫る危険分子であり、王は獣が身の破滅を招くことを感じながら、それでも手を差し伸べる。

 衝突しないのは、王の背後でその妻が糸を引いていることが大きい。エイミー・アダムスが静かな佇まいの中に不穏な空気を忍ばせる。ぶつかっていたなら別の何かが生まれたかもしれないのに、そうならないところに不思議な面白さが宿る。

 それに、衝突しないと言っても、摩擦は生じる。ギリギリのところまで接近することで、衝突はしなくても、互いの回りにある空気が擦れ合う。煙が生じる。皮膚が赤くなる。痛みが出てくる。火傷ができる。一旦傷は癒えていく。かさぶたになる。治りかけたところでしかし、かさぶたは悠然と剥がされる。

 アンダーソンはここで俳優を使う。フェニックスとホフマンが互いに触れることのないままに、互いの手札を探り、切り出し、捨て去り、そしてその核心に迫る。力のある俳優同士の技の繰り出しの充実に感嘆する。助けを求めながら、しかし結局宗教の中に自分をはめ込めないフェニックスの息苦しさが、自分と似た何かを感じ取りながら、それでも彼を自在に操ることのできないホフマンの焦燥が、妖気と共に立ち上がってくるではないか。ふたつの魂が痙攣を始める。

 王と獣の関係を凝視することで、それぞれの人物像がより明確になる。過去が暴かれ、今が揺れ動き、未来がざわめく。アンダーソンはそれをジャッジしない。彼が見つめるのは、あくまで王と獣の関係そのものだ。師弟のようであり、父息子のようであり、恋人同士のようだ。新興宗教が化学反応の触媒となる。その潔さが功を奏する。

 それにしてもアンダーソンが創り出す骨格の頑丈な画面には息を呑む。奥行きは深く、切り込みは大胆だ。獣と王の魂が揺れ動く度に、画面に電流が走る。





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