アヒルになった日

 初めて映画の試写会に行ったのは高校2年生、8月の終わりだった。観た作品はロバート・レッドフォード監督の『リバー・ランズ・スルー・イット』(92年)。まだ駆け出しだったブラッド・ピットが注目を集めた佳作だ。場所は名古屋市公会堂。名古屋駅からJRで3駅の鶴舞公園の中にある。初めての試写会、かなりワクワクしていた。ひょっとしてピットが来るんじゃないか、なーんて名古屋なんて来るわけないのに期待していた。服装もバッチリ、髪型もバッチリ。もしかして自分はVIP?みたいな大いなる勘違いまでカマしていた。気合い十分、どっからでもかかって来い!良い席を確保しようと早く会場に到着し、まだほとんどできていない列に並んだ。そのとき!

 そのとき!である。お腹がゴロゴロ鳴り出したのは。ヤバい気はしていた。気合いは十分だったがお腹は緩々だったのだ。だがせっかく並んでいるのに、ここで列を離れるのは惜しい。自分の後ろにはもう随分長く人がいるのだ。だから我慢した。あと30分も待てば、会場に入ることができるのだ。30分くらい我慢できずに男と言えるか!

 耐えた。ひたすら耐えた。しかし耐えるのにも限度があった。15分ほどしただろうか。もう自分の我慢の限界を越えていた。ちょっと気を抜いたら、凄まじい惨劇になりそうな、そんな気配が濃厚に立ち込めている。

 泣く泣く列を離れることにした。すぐに離れればこんなに苦しむこともなかっただろうに、自分の決断の間違いを悔やみながら、公園内にひっそりとある寂れた公衆便所を目指した。アヒルのような不自然な歩き方になっていたが、今は自分の格好を気にしているときではない。普段なら絶対に近寄りたくない汚らしい便所に着いたアヒルは、早速用を済ませた。うーん、ヤバかった。あと1分列を離れるのが遅かったら、アヒルは汚物にまみれていただろう。アヒルは白鳥になった。

 ホッとして前を見ると、なんとトイレットペーパーがなかった。迂闊だった。当時も今もトイレに入ったら絶対にトイレットペーパーをチェックするのに、このときはチェックする余裕すらなかったのだ。しかもこんなときに限ってティッシュを持っていなかった。どうしたらいいのか。このまま拭かずにトイレを出るのはあまりにも勇気がいる。悩み抜いた白鳥は、持参していた雑誌を破って事無きをえた。紙は硬く、なんとも言えない感触だった。白鳥仲間が見たら絶対に輪の中に入れてくれないだろう。

 ようやく辿り着いた列の最後尾は、先頭が見えないほど後ろだった。忘れたくても忘れられないアヒルになったあの日。アヒルは白鳥に生まれ変わったが、心の傷は消えず、その後しばらく試写会に行くことはなかった。





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