レ・ミゼラブル

レ・ミゼラブル “Les Misérables”

監督:トム・フーパー

出演:ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイ、
   アマンダ・セイフライド、エディ・レッドメイン、サマンサ・バークス、
   ヘレナ・ボナム=カーター、サシャ・バロン・コーエン、
   アーロン・トヴェイト、イザベル・アレン

評価:★★




 『レ・ミゼラブル』の原作はヴィクトル・ユーゴーの古典で、これまでに何度も映像化されている。絶望の中に一筋の光が差す…という希望を感じさせる内容が共感を集めるのだろうか。話自体はとりたてて目を引くものではないと思われるのに…。だからトム・フーパーが手掛けると聞いてもさほど関心を持たなかったのだけれど、なるほどミュージカルとして描くところにフーパーの挑戦があったに違いない。

 フーパーのいちばんのこだわりは、俳優の歌声をライヴ録音したところだ。大抵のミュージカルは先にレコーディングしたものに合わせてリップシンクしながら演技する。撮影の流れを考えても、録音の難しさを考えても、それが最善なのかもしれない。なのにフーパーがそれにこだわったのは、実際の現場の歌声を録ることで、肉体と歌声の一体化を目指したからだろう。実際、演技と歌が切り離されて見える箇所はほとんどない。迫力は、確かにある。

 ただ、ライヴに固執するあまり、映画ならではのミュージカル表現は最小限に終わっている。俳優の独唱をじっくり映し出すことを基本に、歌声こそ最重要だと余計な装飾が剥ぎ取られている。ダンスは全くない。フェイクを用いた遊びもない。歌唱場面になるとクローズアップが目に見えて増える。カメラ目線での歌唱も度々出てくる。感情の高ぶりが表れた声が洪水となって溢れ出る。気持ちは分かるものの疲れる。とても疲れる。

 なぜなら用意された楽曲は「絶唱」スタイルに合わせた自己陶酔型のものばかりだからだ。自分の置かれている境遇を説明、それに対してどう思うかを切々と謳い上げる楽曲。曲調はもちろん、もう少しで演歌になりそうなスロウチューンだ。バックではストリングスが存在を高らかに主張する。胸を引き裂かれるような想いが重くて、暑苦しくて、それゆえ意外なほど冷静な気分を誘う。

 ところがフーパーは、音楽の力をとことん信じ続ける。実はこの映画、静寂の場面はほとんどない。沈黙は最も長くて20秒ぐらいだろか。後はもう、常に歌が流れている。セリフは歌うように飛び出し、何もない場面でもスコアが鳴り響く。歌から歌へ、そしてまた歌へ。楽曲に抑揚はついているものの、物語の抑揚は皆無に等しい。そして抑揚というものは、映画において極めて重要なものなのだ。思わずバズ・ラーマンの駄作「ムーラン・ルージュ」(01年)を思い出す。フーパーはカット割りに節度があるし、色彩感覚も優れているものの、根っこ部分で似たものを感じる。

 でもまあ、俳優たちの喉自慢大会と思えば我慢できる。ラッセル・クロウを除いて、なるほど感心する歌声が並ぶ(ジャベールの複雑さが伝わらないのは、クロウの硬い声のせいもあるのだろうか)。ヒュー・ジャックマンはジャン・バルジャン役として堂々作品を引っ張っているし、ファンテーヌ役のアン・ハサウェイはほとんど反則なクローズアップ歌唱で序盤を自分のものにする。

 しかし、最もホッとするのはマリウス役のエディ・レッドメインとコゼット役のアマンダ・セイフライドのカップルだ。レッドメインの若い歌声には生きるエネルギーが溢れ、セイフライドの優しい歌声には希望が見える。何よりふたりの見た目の可愛らしさがそのまま作品のテーマを何よりも雄弁に語る。歌声よりも雄弁に語る。





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