ブロンソン

ブロンソン “Bronson”

監督:ニコラス・ウィンディング・レフン

出演:トム・ハーディ、ジェームズ・ランス、マット・キング、
   アマンダ・バートン、リング・アンドリュース、
   ケリー・アダムス、ケイティ・バーカー

評価:★★★




 男は自らをチャールズ・ブロンソンだと名乗る。そして、独白を始める。「とにかく有名になりたかった。素質はあると思っていた。欲求もあった。でも方法が分からなかった」。本名をマイケル・ピーターソンと言うこの男こそ、英国で最も凶悪な囚人と言われる人物だ。突然人を喰ったような表情を見せる。実話映画では珍しい。

 『ブロンソン』が面白いのは、この男がどうしてこんな人物になったのか、解き明かさないところだ。ニコラス・ウィンディング・レフンは代わりに、その暴力性を徹底的に画面に定着させていく。優しい両親の下に生まれ、不自由ない暮らしを送り、しかし学校に通う頃には暴力人間と化している。

 暴力描写が凄まじい。机を放り投げる。耳を食いちぎる。包丁を振り回す。硝子を粉々にする。刑務所は「ホテル」のようなものとのたまい、そこでも暴力の限りを尽くす。暴れれば暴れるほど酷い報いが待っているのに、どこか彼は得意気だ。突き落とされることに快感を覚えているフシすらある。刑務所を転々とし、お勧めの刑務所を挙げるくらいになるのが可笑しい。大嫌いな精神病院でも大暴れ、遂にはもう対処できないと政治的に釈放されてしまうのがもっと可笑しい。

 普通これだけ暴力に塗れていると、陰惨な気分になるものだ。ところが、不思議なほど穏やかな外観になっている。ブロンソンが劇場で大観衆に語り掛けるという形式。出所後叔父と再会するときのシュールな画面。子どものような恋心。アンダーグラウンドでのファイターとしての試合。芸術的才能の開花。掴み所のない魂が世界に直面する。そしてその度に暴力と密着する。レフンが適当な距離を持ってブロンソンを見つめていることが分かる。暴力をジャッジしないのも正しいアプローチだ。

 おそらく暴力の宇宙を見つめた映画だ。ブロンソンは暴力という名の宇宙そのもの。彼が暴力を振るうことは生きることであり、それをやめたとき、彼は死んでしまうのかもしれない。したがって暴力はどんどん膨れ上がる。怪物性に歯止めが効かない。恐ろしくも可笑しいその姿に、次第に哀愁まで漂い始める。

 誤解を恐れずに言うなら、ブロンソンはカリスマ的な魅力を持っている。そしてトム・ハーディがそれを完全に自分のものにしている。どれだけ凶暴性を爆発させても、血みどろになっても、犠牲者が積み重ねられても、どこかコミカルだ。明らかにコメディアンの動きを取り入れてる。しかし決してリアリズムは失わない。肉体の破壊力はもちろん、精神的なそれを恐れることなく露にする。暴力がハーディの肉体を突き破る衝撃と快感、そして哀しみが作品を支配する。

 暴力男が暴れるだけの映画にならなかったのは、レフンの舵取りが正確だったからだ。その暴走を描き出しながら、そこに人生哲学を滑り込ませる。絶対に近寄りたくない男だ。けれど、人を惹きつけて止まない魅力も具えている。それに真実味を持たせる技は、容易いものではない。





ブログパーツ

blogram投票ボタン

スポンサーサイト



テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ