ディクテーター 身元不明でニューヨーク

ディクテーター 身元不明でニューヨーク “The Dictator”

監督:ラリー・チャールズ

出演:サシャ・バロン・コーエン、アンナ・ファリス、ベン・キングスレー、
   サイード・バッドレヤ、ジェイソン・マンツォーカス、
   アーシフ・マンドヴィ、ミーガン・フォックス、
   エドワード・ノートン、ジョン・C・ライリー

評価:★★★




 いきなり「キム・ジョンイルを偲んで」の文字が画面に映し出される。もちろんこれは、物語のゴーサインだ。これからサシャ・バロン・コーエンらしい過激で下品な笑いが次々投下されることを予告している。さあ、覚悟するが良い。ブレイクしてからもコーエンは、決して守りに入らない。

 『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』はこれまでとは作り方が異なっている。「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」(06年)「ブルーノ」(09年)はそれぞれカザフスタンのテレビレポーター、オーストリアのファッションレポーターになりきったコーエンが、そのキャラクターのままに一般社会に潜入。人々を翻弄しては、一見品行方正な彼らからどす黒い本音を炙り出していく、ドッキリ要素の強い構造になっていた。フィクションとノンフィクションの境目を曖昧にして、偽善を浮上させたと言い換えることも可能だ。マイケル・ムーア的作法を持ち込んでいた。

 ところが、『ディクテーター』は全てが作り物だ。主人公アラジーンは架空の国ワディヤ共和国の独裁者であるという設定からして作り物だし、前二作のようにコーエンの技に引っ掛かって本音を吐露する者も出てこない。当然物語は完全オリジナルだ。つまりコーエンは普通のコメディと何ら変わりない構成を選んでいる。コーエンが有名になったことで、これまでのような突撃撮影が不可能に近くなったことが大きいのかもしれない。ムーアもそうだけれど、名声が人々を警戒させるのだ。

 尤もコーエンは、だったら違う方法を選ぶまでだとばかりに、相変わらずバカバカしく突っ走る。独裁者の思考回路、言動が恐ろしいものであることは間違いないけれど、自分勝手で不条理なそれは時に笑いを誘うものだと分かっている。気に入らない者は次々処刑し、公然と差別を口にし、テロリストゲームに興じ、欲望を満たすためには手段を選ばない。自由の国アメリカではそれがますます滑稽に映る。

 映るけれどしかし、アメリカ人はそれをゲラゲラ笑っている場合ではない。コーエンが目指すものは独裁者批判なんかではない。独裁者がとんでもないことは誰だって知っている。誰もが知っているわけではない、或いは気づかないふりをしているのは、民主主義の矛盾だ。より良い社会や自由を建前に進められる国の政策。それを支持する一定数の人々。しかし困っている人間は本当に救われているだろうか。アラジーンはアメリカの価値観に、民主主義の闇に小便を引っ掛ける。作品の底に敷かれたこうした意図は気づかない人は、死んでも気づかないだろう。でもそれで良いのではないかと思えるのがまた、素晴らしい。

 実はこの映画、ロマンティック・コメディでもある。ブルネットのヴェリーショートになったアンナ・ファリスがサリー・フィールドみたいで全然可愛くないのにはがっくり来るものの、彼女とコーエンが距離を縮めていく過程にはロマコメの王道の匂いがぷんぷん。ただし、味つけは過激でぶっ飛んでいる。ふたりが初めて手を繋ぐ場面にはひっくり返る。下ネタ…と言って良いのだろうか。アプローチによって下ネタも進化するのだった。





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