最強のふたり

最強のふたり “Intouchables”

監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ

出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、
   オドレイ・フルーロ、クロティルド・モレ、
   アルバ=ガイア・クラゲード・ベルージ、トマ・ソリヴェレ、
   シリル・マンディ、ドロテ・ブリエール・メリット

評価:★★★




 障害者を取り上げた映画には警戒する。彼らの中に純真無垢なものを見て心洗われようだとか、その苦しい境遇を体感することで胸打たれようだとか、卑しい作りになりがちだからだ。やたら頭でっかちな教訓話になる危険も秘めている。「障害者との接し方」的マニュアルめいた作法に陥る罠。同情や哀れみがベースに敷かれた感動や説教など、映画では避けて通りたいトラップがてんこ盛りなのが、「障害者」映画だ。

 『最強のふたり』の最大の手柄は、このトラップを足取り軽く切り抜けるところだ。首から下が麻痺した障害者は腫れ物に触るように接する介護人ばかりでうんざりしているし、彼の世話をすることになるアフリカ系青年は貧しい暮らしから抜け出せればそれで良いという現状。ちょっとした諦めの心模様。だからふたりとも遠慮というものがない。ズカズカ物を言い、プライヴェートな領域に踏み込むことを恐れない。同情も哀れみも説教も排除して、個と個がぶつかり合う。

 そうして生まれるユーモアが、道徳的に際どいものになるのは当然のことだ。片方が障害者である事実はどうしたって消せはしない。普通なら笑っていいのか戸惑うジョークが、健常者が障害者を手伝う基本と共にリズミカルに飛び出す。笑う笑わないという間を与えないスピードに乗って弾けていく。偽善はもたついている間に後方に追いやられている。気持ち良く笑えるのはそのためだ。

 この映画では、障害者を障害者と意識した時点で、その人物は「使えないヤツ」と化す。青年がそうならなかったのは、動物的要素を具えているからだ。彼の言動は本能的だ。欲望に忠実とも言える。なぜそれが可能なのか。それはきっと彼がしがらみというものに縛られていないためだ。スラムで育った青年は生きることに懸命で、その毎日は社会と呼ばれるものとさほど近くない。人は社会に出れば、無意識のうちに裸を余計な装飾で固めていくことになる。障害者を障害者としてでしか見られなくなるのも、そこに通じている。

 青年の子どものような魂が嘘っぽく映らないのは、演じるオマール・シーのおかげに他ならない。鋭い眼光と太陽を思わせる笑顔がスピーディに切り替わる気持ち良さに唸る。それこそ本能に忠実な動物が人間の皮を被っているかのようだ。シーの動きは素早い。自分のペースを崩さない人物の速度と全て一体化している。小さな綻びはシーの破壊力の前に彼方へ吹っ飛ぶ。電流が走る。フランソワ・クリュゼが演じる障害者も思わず笑ってしまうわけだ。シーとクリュゼの掛け合いが生み出す生命力が逞しい。

 シーは錆び付いたナイフとして登場する。宝石強盗の前科を持ち、久しぶりに寄った家は荒れ放題。仕事は見つからず、失業手当狙いの日々。それがクリュゼとの出会いにより、錆を少しずつ落としていく。この過程に映画の魔法がかかる。実際の現場はもっと大変なことが山のようにあるだろう。しかし、それにばかり気を取られるのは寂しいことだ。錆を落としたナイフは、工夫次第でいかようにも使えるものだ。未来に照らされたナイフは、今度は自らが光を放っている。





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