ダークナイト ライジング

ダークナイト ライジング “The Dark Knight Rises”

監督:クリストファー・ノーラン

出演:クリスチャン・ベール、ゲイリー・オールドマン、トム・ハーディ、
   ジョセフ・ゴードン=レヴィット、アン・ハサウェイ、
   マリオン・コティヤール、モーガン・フリーマン、マイケル・ケイン、
   マシュー・モディン、ベン・メンデルソーン、ジュノー・テンプル、
   デズモンド・ハリントン、キリアン・マーフィ、リーアム・ニーソン

評価:★★★




 思い返してもヒース・レジャーの創造したジョーカーは、恐るべき怪人だった。崩れたピエロメイクの男が「ダークナイト」(08年)で仕掛ける罠の数々は、凍えるほどに深くまで闇を追い求める。時と場所を選ぶことなく、全ては無秩序に起こる。しかし、全ては怪人の手の平の上で起こる。隅々まで悪に染め上げる術を怪人は知っていた。そして、それは決して僅かな言葉で説明できるようなものではなかった。

 それに比べると『ダークナイト ライジング』で描かれる悪は説明がつきやすい。テロリズムと直結する事件が次々発生する。飛行機が墜落し、橋が崩壊し、スタジアムが消えてなくなる。恐ろしい事象であることは間違いないものの、そこにははっきりと理由があり、明確な動機がある。理不尽な言葉の羅列により見え難いものの、悪の手掛かりは多く、それゆえ言いようのない、漠然とした不安感には乏しい。

 ただし、悪の中心的存在として用意されたベインの破壊力は見ものだ。ジョーカーが精神的にバットマンを追い詰めるのに対し、ベインは肉体的に窮地に追い込んでいく。精神を蝕むような恐怖の方が後に引くことは否定できない。ただ、素手で骨を折ってしまうほどに強力な力の衝撃も侮れない。肉体を突き破り、それこそ精神的部分、神経の通う部分に斧を振り下ろすからだ。ベインが動く度にどこかで骨が軋む。肉体が思想に襲い掛かる音だ。

 ベインが破壊するのはゴッサムシティだ。そしてゴッサムシティは断わるまでもなく、バットマンそのものと言って良い。ある人物の罪を被り人々の前から姿を消していたバットマンが、ベインの登場に、活動の再開を決める。己が戦う意義を苦悩し、正義と悪の狭間に迷い、自分の弱さを突きつけられる。ゴッサムシティの混乱が進行すればするほど、バットマンの命の炎が揺らめく。

 苦悩や迷い、そして弱さは闇に通じている。クリストファー・ノーランは闇の掘り下げに集中する。これがなかなか手強い。なぜならそれを抱えるのはバットマンだけではないからだ。キャットウーマンも、市警本部長も、孤児だった警官も、悪の権化ベインも、ウェイン家に仕える執事でさえも闇を持て余す。するとそれぞれの闇が暴走を始める。

 もちろんノーランは、闇と闇を衝突させることを恐れない。それどころか衝突をきっかけに、更なる闇を生み出す賭けに出る。いやそれは、そこに一筋の光を見つけているからこその賭けでもある。結果、画面には闇と光が様々な形を変えて溢れ出る。誰にも止められない。文字通りの混乱。ジョーカーによる計算された無秩序とは異なる、何もかもが入り乱れる混沌が広がる。雑多な思惑の展示が息苦しいものの、それを敢えて選ぶノーランの狙いは分からないではない。

 相変わらず演出が冴えている。狂いのない配役。キャラクターの表裏の描き分け。優雅な画面の出し入れ。異なる場所で同時進行で起こる出来事を一気に見せる編集。ダイナミックなアクションを封じ込めるカメラワーク。重量とスケールを感じさせるメカ(バットポッドの動きに感嘆)。とりわけ長回しではないのに、そう見せてしまうほどの緊張感で話を一突きする豪快技には感心する。ここまでシリアスに描く必要があるのか、結局三部作を通しての疑問は拭えないものの、ノーランに手掛けられたことがバットマンにとって幸福だったことは疑いようがない。





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