ブラック・ブレッド

ブラック・ブレッド “Pa negre”

監督:アウグスティ・ビリャロンガ

出演:フランセスク・コロメール、マリナ・コマス、ノラ・ナバス、
   ルジェ・ガザマジョ、セルジ・ロペス

評価:★★★




 反射的にミヒャエル・ハネケ監督の「白いリボン」(09年)を連想する。第一次世界大戦前夜、ドイツの片田舎。村全体に悪意が満ちていく様が、モノクロの画面に冷たく定着していた。『ブラック・ブレッド』の舞台となる1940年代スペイン、カタルーニャの町にも似た匂いが立ち込める。ただし、こちらはもっと生々しく、禍々しい。

 禍々しさの中心にあるのは、ピトルリウアという名の怪物だ。森深くの洞穴に棲み、羽根を持っているという。ピトルリウアの棲む森で陰惨な事件が起こる。父と幼い息子が崖から馬車馬ごと転落する。事故に見えたそれは、実は殺人事件だった。死ぬ直前、子どもが口にする怪物の名が謎を深める。ピトルリウアこそ犯人なのだろうか。フードを深く被りほとんど死の使いのような犯人は、石を使い、何度も顔を打つ。背筋が凍る。

 軸として置かれるのは、犯人が誰なのかを解き明かす推理劇だ。主人公の少年は殺害現場の第一発見者にして、殺された子どもの幼馴染だった。物語は彼の目を通して語られる。まだ汚れを知らない魂は、真実に耐えられるだろうか。

 真実の究明過程に見えてくるものこそ、映画の急所となる。人はそれを現実と呼ぶ。スペインの内戦。政治的思想の対立。村八分。貧富の差の激しい社会。次々と押し寄せる現実の波に対処するためには、子どもですら知恵をつけて、したたかな策略を巡らせなければならない。子どもの無垢な目を通して見える汚れたそれが、今度は肉体的・精神的痛みを誘発する。

 しかもここに、大人たちのつく嘘、そして哀しく卑劣で忌々しい秘密が入り込んでくる。生きる術として都合良く受け入れるのは、誰も彼もが同じだ。これが衝撃として映るのは、子どもの目を通しているからだ。よくよく考えればそれはしかし、今を生きる我々もまた、無意識に用いている生活術ではなかったか。

 怪物ピトルリウアにまつわる真実が巧みに話に絡んでいる。何が正義で、何が悪なのか。自由を求める少年は、いつしか自らもまた、大人の世界に足を踏み入れている。ピトルリウアに哀しみを覚えながら、それ以上の厳しい真実に胸を射抜かれる。理想と現実の境が見えなくなる。

 美しい映像が村の真実を残酷に抉り出している。緑豊かな森林。貧しさを隠しようがない石造りの家。それとは逆に綺麗に飾り立てられた資産家宅。それぞれの場所に、例外なく邪悪な気配が漂う。映像美との対比が見ものだ。やや説明的な語り口をフォローすることも忘れない。

 鍵を握る資産家のマヌベンス夫人が強く心に残る。あまりに醜悪で。巨体から滲み出る偽善臭が、毛穴に入り込んでくるようだ。





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