一枚のめぐり逢い

一枚のめぐり逢い “The Lucky One”

監督:スコット・ヒックス

出演:ザック・エフロン、テイラー・シリング、ブライス・ダナー、
   ライリー・トーマス・スチュワート、ジェイ・R・ファーガソン

評価:★★




 どうも違和感を感じると思ったら、ザック・エフロンの立ち姿が変なのだ。胸を張った姿勢を頑なに維持している。いや、張るというより突き出している。そうして気づく。エフロンは自分の厚い胸板をアピールしたいのに違いない。エフロンの役柄はイラク帰りの海兵隊軍曹。ならば身体をそれらしく見せなければならない。おそらくトレーニングに相当な時間をかけたのではないか。その成果をアピールしない手はないだろう。そのための突き出し。そんなわけで静止しているときも歩いているときもエフロンの胸板の立派さは存分に伝わる。Tシャツから覗く二の腕は迫力がある。しかし、全体の印象がむっちむちなのはどうか。

 そもそもエフロンはあの童顔とソフトに鍛えられた肉体美のアンバランスが売りの俳優だ。ここまで身体を創り上げる必要はなかったのではないか。これまでのスラリとしたイメージのまま、「100万人の弟」のキャッチコピーと共に伸び伸びラヴストーリーに専念するべきだったのではないか。むっちむちになったエフロンは筋肉を大幅に増やしたおかげで、丸みも出てきた。顔はまん丸で肉団子と間違えられるかもしれない。演技派として認められたいという欲求の表れだろうけれど、無理なイメージの破壊は必ずしも魅力に繋がらない。ちょっと前のブラッド・ピットを思い出す。

 むっちむちエフロンが飛び込んだのはニコラス・スパークスの世界だ。原作本が次々映画化されるスパークスが創り出す話は、その展開がどれもこれも同じ。舞台は南部の田舎町。美しい景色。容姿に恵まれた男女。立ち塞がる障害。襲い掛かる死の影。ロマンティックな気分を最高潮に高め、死の絡んだ悲劇でどん底に付き落とし、しかしハッピーエンドであれアンハッピーエンドであれ最終的には希望を仄めかして終わる。物語の底にキリスト教が敷かれているのもポイントで、基本的に人間は誰しもが善人であると信じている。運命の導きも信じている。『一枚のめぐり逢い』ももろにこのパターン。何の捻りもなく同じパターン。

 ロマンティックなアイテムが次々出てくる。一枚の写真。コロラドからルイジアナへの旅。犬の調教。ピアノ。ヴァイオリン。動かないボート。木の上の隠れ家。キャンドル。チェス。教会。聖歌隊。ツボの押し方があからさまで、それを恥ずかしがることもない。もはや立派に見える。ただ、戦争の厳しい体験までもがロマンティックなアイテムとして機能しているのには抵抗を覚える。男の心を蝕む、イラクでの過酷な経験。彼の命を救う写真も絡んだその過去が、ロマンスの高鳴りのエンジンとなる。感傷も雪崩れ込む。運命という言葉を乱用した破廉恥行為ではないか。

 エフロンが姿勢以外に徹底しているのは、無表情だ。おそらく戦闘体験が彼の表情を奪ったという解釈なのだろう。ただ、ラヴストーリーで無表情を貫かれるとちょっと怖い。ほとんど「ノーカントリー」(07年)のアントン・シガーを参考にしたのではないかと思うくらいの静寂さ。女の方々はこんなエフロンでも高揚感を覚えるのだろうか。

 ヒロインのテイラー・シリングは気の毒だった。母親役のせいか、やけに疲れている。エフロンより3歳年上とのことだけれど、肌の張りに乏しくて、10歳は老けて見える。当然エフロンとのバランスも良くない。おかげで年上女が年下男を喰っちゃう構図が必要以上に強調されてしまった。セックスシーンも全然エロティックではない。草の匂いがするシャワールームで立って行為に及ぶというのは、いかにもスパークス的だけれど。

 写真をめぐるヒロインの怒りは的を射ていない。恋敵の運命には偽善の匂いが立ち上がる。そう言えば、主人公は戦場で拾った写真に写っていたヒロインを守護天使だと思い込む、その無神経な解釈に魔法がかからない。スパークスの物語を映像にするには通常よりも念入りな煮込みが必要なのだ。





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