私が、生きる肌

私が、生きる肌 “La piel que habito”

監督:ペドロ・アルモドヴァル

出演:アントニオ・バンデラス、エレナ・アナヤ、
   マリサ・パレデス、ジャン・コルネット、ロベルト・アラモ、
   ブランカ・スアレス、スシ・サンチェス

評価:★★★★




 ペドロ・アルモドヴァルが描く変態が魅力的なのは、社会的ルールからはみ出した彼らへの眼差しに、侮蔑が混ざっていないからだ。その行為を肯定することはない。しかし、決して頭でっかちに否定しようともしない。批判的な態度を封印し、まっさらのキャンパスで変態を躍らせる。するとどうだろう。倫理観が力を持たないその空間の中で、変態が伸び伸び輝き始める。

 まずは細部から攻める。スペイン、トレド郊外にある鉄格子や監視モニターの設置された大邸宅。肌色のボディストッキングをまとった美しい女の監禁。エレヴェーターで運ばれる食事。人工皮膚の移植。無表情の形成外科医。妖しいメイド。日常の匂いが排除されたその場所は外観からして奇妙だ。そこに現れるトラの着ぐるみを着用した男。彼が女に襲い掛かる描写が凄まじい。肉食動物が獲物を甚振りながら味わうように、男が女の顎に吸いつく。肌の露出が抑えられたふたりが絡み合う画に、早くも禁断の扉が開かれた空気が立ち込める。

 『私が、生きる肌』でアルモドヴァルは、現在と過去を行き来しながら、こうした念入りな細部を積み重ねる。バラバラになったパーツを見えない糸により大胆に縫い合わせていく。それはあたかも、アルモドヴァルによる施術だ。縫合は決して教科書通りになされない。手があった場所に脚をくっつけてみたり、口のあった場所に鼻を置いてみたりする。しかし、それでもちゃんと「それ」は完成する。頑丈な形を成す。ただし、やはりそれは変態だ。アルモドヴァルは変態の細胞を掻き集めることで、大きな変態を創り上げている。しかも、念入りな細部の効果もあり、奥行きある豊かな変態になっている。

 誰もが変態となる危うさを秘めていることがよく分かる。ある者にとっては生に密着した欲望が源にあるし、またある者にとっては復讐心が行動の底に横たわっている。彼らはそれに抑制を効かせることを放棄する。そして暴走を始める。しかし、暴走はその本人ですら簡単に止められるものではなく、予想外の捩れを見せる。ここがアルモドヴァル映画の急所だ。捩れの中に見えるものを簡単に「狂気」という言葉で表現するのは物足りない。「倒錯」というのも違うだろう。本能が常軌を逸した行動を正当化し、善悪や倫理の境界を激しく揺さぶる。理屈ではない、複雑怪奇な時間が流れ始める。アントニオ・バンデラスの目が鋭く光る。

 もちろんアルモドヴァルはそれを受け入れる。憎しみと愛という相反するもののようで、実は極めて近いところにあるふたつを、もっと大胆に擦り合わせる。この結合部分を直視するのは、かなり勇気が要ることだ。逃げ出したくなる事態に果敢に挑む。変態に奥行きが出るわけだ。

 血縁というものにも目が向けられている。血が繋がっているから…というのは物事を判断する上でそんなにたいした問題ではない。精神的血縁関係により突っ込んでいる。メイドの存在意義がグッと増す。

 アイデンティティーの問題も浮上する。身体から始まったメタモルフォーゼは遂には精神的なものへ辿り着くことができるのか。形成外科医の物語がいつしか囚われの女の物語へと移り変わる。妖しく、甘美だ。艶やかで、潤いがある。エレナ・アナヤの肉体の意味を噛み締める。





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