別離

別離 “Jodaeiye Nader az Simin”

監督:アスガー・ファルハディ

出演:レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、
   サレー・バヤト、サリナ・ファルハディ、ババク・カリミ、メリッラ・ザレイ

評価:★★




 古今東西、離婚劇などどこにでも転がっているだろう。ありふれたものだ。ところが、それが中東、イランを舞台にしているとなると、ややこしくなる。政治と宗教、ふたつの大きな問題が横たわるからだ。ファーストショットでいきなり明らかになる現実問題。ある離婚の申し出をきっかけに始まる裁判劇を描く『別離』は、感情のぶつけ方が濃い。ぶつけ合う当人たちの顔よりも遥かに濃い。

 人間という生き物の実体が次々明らかにされる。一見、どこにでもいそうな二組の夫婦が直面する出来事は、穏やかな彼らの表情とは不釣り合いにどろどろしている。移民、離婚、教育、介護、格差、暴力、流産といった社会問題にしつこくまとわりつく負の感情。それを露にすることに躊躇いがない。魂を剥き出しにする。

 ただし、酷く冷静な気分を誘う。それは子どもたちの動かし方に、同情心を煽ろうという計算高さが感じられること、そして作り手が善人同士の「ボタンの掛け違い」として事態を見ていることから来ている。愛する人を思いやる心、心に抱いていて当たり前の信仰心を伴うそれぞれの行為が、思いがけないものを生み出す。ある意味、社会の被害者としての見方が、不自然に浮上している。

 例えば、発端となる離婚の原因はこうだ。ある妻は娘のためにと国からの脱出を願うものの、夫はそれを拒否する。彼には認知症で介護が必要な老いた父親がいるためだ。夫の拒否は当然だ。妻の思いは、それでも脱出したい国の現状を浮き彫りにする。…と言うことらしい。ここでは社会問題と人情問題が同格に擦り合わされている。この部分の処理が雑であるがゆえ、作為的なものがちらつくことになる。

 近寄り難い人間ばかりだ。悪者はいないのに、被害者ばかりだ。そして彼らは、それを声高らかに主張して譲らない。命の絡んだデリケートな事態を引き起こしながら、彼らが熱心になるのは自分の正当性に限られる。その結果、犠牲になるのは彼らに寄り掛かることなく生きることができない、弱い者たちだ。登場人物への憐れみが、過剰な被害者意識を生み出している。ここにあるのは愛情深い者たちの心理的駆け引きが生み出す緊張感ではなく、被害者のエゴイズムが生み出す罵声、それゆえの空虚なる空気の震動だ。

 ただし、アスガー・ファルハディ監督の演出は巧みそのものだ。介護補助の女性が老人をベッドに縛り外出した理由。お腹の胎児が死んだ直接的原因。このふたつをぼかして描くことで、物語の吸引力を高め、リズムを崩すことなく物語を進めていく鮮やかさ。何気なく描かれた場面が伏線となり、真相を明らかにしていく手際良さ。チャードルやコーランといった宗教要素に話の鍵を握らせる独創性。音楽を流すことなく感情に揺さぶりをかける誠実さ。一流の推理劇の形を守り、問題を明らかにしていくダイナミックさが逞しい。裁判劇に仕立て上げているところは安易に感じるけれど…。

 ファルハディは明らかに、世界に向けて映画を撮っている。芸術を使って自国の問題を炙り出している。もちろん世界にそれを知らしめる力にはなる。ただ、その迷いのなさが気にかからなくはない。世界への発信は大切だけれど、意外や、自国への想いはさほど感じられない。イランの人々はこの映画をどう観るのだろう。





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