裏切りのサーカス

裏切りのサーカス “Tinker, Tailor, Soldier, Spy”

監督:トーマス・アルフレッドソン

出演:ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、トム・ハーディ、
   トビー・ジョーンズ、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ、
   シアラン・ハインズ、キャシー・バーク、デヴィッド・デンシック、
   スティーヴン・グラハム、ジョン・ハート、サイモン・マクバーニー、
   スヴェトラーナ・コドチェンコワ、ジョン・ル・カレ

評価:★★★★




 混乱を強いられる。重要な登場人物が多い。場面によってファーストネーム、ファミリーネーム、呼び方が異なる。コードネームで呼ばれることもある。しかも、それぞれを結ぶ糸は複雑に絡み合う。諜報機関特有の用語も多々出てくる。作戦名も次々浮上する。気を緩めていては、アッという間にスパイの世界から放り出されることだろう。簡単に言えば、頭を使うのだ。映画は感じるものであって欲しい。そういうのとは対極に位置しているように見える。しかし、それでもなお、『裏切りのサーカス』は面白い。圧倒的な吸引力がある。ずっと酔っていたい快感に溢れている。一体全体何なのだ、これは。

 要するに頭を使う価値のある映画の芸がたっぷり注がれている。「二重スパイは誰か」という話を引っ張る軸への装飾が華やか。その充実が疲労感を誘うほどの緊張感を形成していると見て間違いない。極めて乱暴な言い方を選ぶなら、話自体がさっぱり分からなくても、心は快楽の水で満たされていくのではないか。これは恐るべきことだ。

 1970年代ロンドンの再現が徹底される。机や椅子、電話や文具、カーテンや絨毯がもたらす、時代という名の媚薬の効果。メガネやスーツも時代を映し出す。街並も匂う。スタイリッシュであり、モダンであり、なおかつ懐かしい気配を漂わせている。それが一転、諜報機関内部は殺風景に処理される。余計に匂いが濃くなる。

 トーマス・アルフレッドソンは前作に続き画面を凍りつかせるものの、「ぼくのエリ 200歳の少女」(08年)とはその質がまるで違う。画面に隙間なく定着するのは孤独。諜報員は職業だ。人はそれを意識的に選ぶ。孤独に自ら飛び込む。行き場のない運命が底に敷かれたそれが、どの場面にも映し出される。誰を信じるべきか。誰を疑うべきか。絶対的に信頼できる者が自分しかいない空間で生きるしかない者たちを、アルフレッドソンはしかも、冷徹な眼差しで見つめる。孤独の見せ方が念入りになされる。

 映像はグレイがベースで、くすんだ色合いが採られている。冷徹さに繋がるその画面の中に、時折落とされる鮮やかな色に胸を掴まれる。赤や青がフッと顔を出し、シラッとした表情で輝く。ミーティングルームのゴールドの入った壁紙も強い印象を残す。イスタンブールでのスパイ同士の恋模様には色が溢れる。髪は金色に輝き、涙さえ流れる。もちろん意図的なものだろう。色そのものが、孤独な魂と反発するような、共鳴するような不思議な味わいを醸し出す。

 諜報員の物語と言っても、派手な爆発はない。凝った作戦もない。見栄えするアクションやサスペンスの影さえ見えない。代わりに用意されるのは頭脳戦だ。心理的駆け引きと言葉通りではない会話の妙。画面が平坦になる危険があるところは、カメラの横移動により切り抜ける。慎み深く控え目に動くカメラ。その速度の心地良さはしかし、繰り返されることで、何が起こっているわけでもないのに、緊張へと変換される。頭脳戦が形になっていく。

 俳優たちは演技を止められる。派手な感情表現はない。ほとんど無表情のままに通す。何がきっかけで情報が漏れるか分からない世界。彼らは表情をなくした駒のようだ。それなのに常に心臓を掴まれているかのようなやるせない感情だけは、痛切に伝わる。ゲイリー・オールドマンを始めとする、力ある役者たちの技が光る。

 結局のところ、ここには現実感が最優先事項としてある。諜報員の人生を選んだ者たちのギリギリの佇まいこそが、見ものになっている。冷戦が生み出した哀しき人生の縮図が、波打っている。ある場面でオールドマンが語る。西側の価値。東側の価値。虚ろで疲れ切った顔が映画を象徴している。何かが枯れ果ててしまった哀しみを、誰もがまとっている。





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