キリング・ショット

キリング・ショット “Catch .44”

監督:アーロン・ハーヴェイ

出演:ブルース・ウィリス、フォレスト・ウィテカー、マリン・アッカーマン、
   ニッキー・リード、デボラ・アン・ウォール、シェー・ウィガム、
   ジル・ストークスベリー、ブラッド・ダーリフ

評価:★★




 突如始まるストーリーとは関係ない無駄口。展開とはミスマッチな音楽。時制のシャッフル。いきなり沸点に達する暴力。バカバカしいほどのふざけ方。…とくればこれはもう、クエンティン・タランティーノ映画だ。『キリング・ショット』はしかし、タランティーノは一切関わっていない。アーロン・ハーヴェイ監督はおそらく、タランティーノに強烈に憧れている人なのだろう。そこかしこでタランティーノを意識した演出がなされている。

 ここで考え込むのは、憧れを自分のスタイルへと昇華させるにはどうしたら良いのかということだ。映画監督を志すような人は、映画を撮りたいと思ったきっかけの作品があるはずだし、勉強のために色々な作品を観ることもあるだろう。そうすれば、その影響を少なからず受けることになる。どんな名匠でも例外はないと思う。しかし、タランティーノの映画を観て、彼のスタイルを疑う者はいない。マーティン・スコセッシもコーエン兄弟も自分の技を持っている。クリストファー・ノーランやデヴィッド・フィンチャーのスタイルも、唯一無二のものだ。

 ところが、ハーヴェイはどうしてもタランティーノの影に付きまとわれる。彼ならではの色というものが見えてこない。タランティーノならこう撮るだろう。タランティーノっぽく演出してみよう…という気配は濃厚に漂っても、この映画ならではの独自性や想像性は皆無だ。それこそが大抵の映画の命の水となるものだというのに。…となると、映画全体がタランティーノ映画のニセモノに見えてしまっても仕方がないのではないか。

 ニセモノには限界が生じる。所詮は他人のスタイルを強引に飾り立てているのに過ぎないのだから。まずごまかしが効かなかったのは物語の箱だ。少しずつ情報が明かされる末に浮かび上がる、映画の箱の他愛なさよ。入り組んでいるように見えたのは全くの気のせいで、箱の外観は味気なく単純。しかも、その容量が哀しいほどに小さい。見えてくるのは謎解きの楽しさ、読めない展開が生むスリル…ではない。真相の底の浅さだ。

 セリフも辛くなる。最初こそユーモアが塗されていたものが、次第に説明的になる。状況を伝えることに精一杯で、言葉の芯が空洞になっていく。作り手はそれに気づかないままに言葉を詰め込む。そうするとどうなるか。いや、どうならざるを得ないのか。

 タランティーノ映画(ただし、「デス・プルーフ in グラインドハウス」(07年)系)に出てきてもおかしくないキャストが揃えられているものの、フォレスト・ウィテカーのキャラクターに若干の屈折が加えられているぐらいで、特別な輝きは見られない。ブルース・ウィリスなど、やけに特別扱いされている割りに、「おじいちゃん」でしかないのに驚く。下半身の貧弱さが目立ち、どこかに点滴の管でもついてそうだ。せっかくの黒シャツ、青スーツ、白シューズという不思議な組み合わせも、全く画面に映えることなく終わってしまった。





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