ミスター・アーサー

ミスター・アーサー “Arthur”

監督:ジェイソン・ウィンター

出演:ラッセル・ブランド、ヘレン・ミレン、ジェニファー・ガーナー、
   グレタ・ゲルウィグ、ジェラルディン・ジェームズ、
   ルイス・ガスマン、ニック・ノルティ、クリスティナ・カルフ

評価:★




 あまり大きな声では言えないのだけど、基本的にラッセル・ブランドは好きなコメディアンだ。いつも落ち着きがなく、甲高い声で喚き立て、その動きはクラゲが海の中を浮遊しているように掴み所がない。他人がどう思おうと構わない。いつでもどこでもマイペースを通し、目の前にある障害をウサギの跳躍力でぴょーんと容易く飛び越えていく。しかも、そういう自分に酔っている。本来、自己陶酔に走る俳優には興味がない。ところが、ブランドは不思議と嫌悪感を抱かせない。

 ただ、彼にあんぽんたんの役を演じさせるのは、当たり前が過ぎるというものだ。世間があんぽんたんに対して抱いているイメージが、ブランドというコメディアンの箱にすっぽり入れられる。ただし、ブランドの器はそれだけで埋まってしまうものではなく、箱にはまだまだ余白がたっぷり残されている。そして、その余白の部分こそがブランドの持ち味なのだ。『ミスター・アーサー』はあんぽんたんのイメージしか活用しようとしない。その時点で負けは決まったようなのものだ。彼を主人公に置くというのだから、なおさらだ。

 ブランドのあんぽんたんイメージに寄り掛かったストーリーは、あってないようなものだ。バカみたいに金持ちな家に生まれたぼんぼんが、会社のため政略結婚をするか、心に正直になり本当の愛を貫くか、迷うというもの。オリジナルである1981年映画を知らなくても、最終的に愛を選ぶなんてことは誰でも分かる。だから、映画の旨味は、あんぽんたんなぼんぼんが周囲に迷惑をかけながら、でも、「おやっ、こいつバカなだけじゃないぞ。ちょっと見所があるぞ」と思わせていくところにあるはずだ。ところが、ブランドは最初から最後まであんぽんたんなだけで別の表情は見せない。ストーリー上は変化を見せるものの、それはあんぽんたんを別の角度から見たに過ぎない。

 そのあんぽんたんの描写にしても、大金と非常識に物を言わせたそればかりなのが退屈だ。金に囲まれた人生ゆえ不自由に感じるものは何一つない。当然非常識にもなる。それを笑いへと、強引に持ち込む。ブランドの余白はこういうときに使うべきだろう。独創性と想像力を注ぎ込まないで、どうするのか。

 しかも、恐ろしいことに、物語は感傷へと流れていくのだ。愛する人の心を(一時的に)失うだけでなく、あんぽんたんを支えてきたもうひとつの宝が失われる。涙を誘うことで感動まで獲得しようという姿勢が気に喰わない。ブランドの資質とは相反するものだ。

 もちろんヘレン・ミレンは無駄遣いされる。ブランドのばあや(ナニー)として登場するミレンは、喜劇の刺激剤としての役割を充てられているものの、結局当たり障りのない言動しか見せない。ブランドとのケミストリーも不発だ。ニック・ノルティやジェニファー・ガーナーもなぜ出てくるのが不思議だ。

 ひょっとするとブランドは使い辛いコメディアンなのかもしれない。他にはないいつも飛んでるような個性が扱い難さに繋がる。彼をどう演出するか。監督の力量が大いに問われることになる。





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