メランコリア

メランコリア “Melancholia”

監督:ラース・フォン・トリアー

出演:キルスティン・ダンスト、シャルロット・ゲンズブール、
    アレクサンダー・スカルスガルド、ブラディ・コーベット、
    キャメロン・スパー、シャーロット・ランプリング、
    イェスパー・クリステンセン、ジョン・ハート、ウド・キアー、
    ステラン・スカルスガルド、キーファー・サザーランド

評価:★★★




 今思い返すと、「アンチクライスト」(09年)を撮ったとき、ラース・フォン・トリアー監督は、一種のうつ病状態にあったのかもしれない。サディスティックに身体を痛めつける描写を畳み掛け、自らを傷つけていたように思える。『メランコリア』を観る限り、どうやらそのどん底状態からは脱出したようだ。

 そういう意味で、『メランコリア』は「アンチクライスト」の続編と言って良いのかもしれない。うつ病と名づけられた惑星メランコリアが地球にぶつかろうとしている瞬間が背景にある。とある姉妹の時間を切り取ったSFドラマとして見ることももちろん可能だ。しかし、それだけに終わらせるには随分パーソナルな部分に踏み込んでいる。妹のキルスティン・ダンストは完全にうつ状態にある。トリアーとしてはこの映画を作ることが、自己セラピーの完結になったのではないか。

 舞台はトリアーの心の中にある小宇宙だ。そこに生きる彼らは、トリアーの細胞のようなものだ。彼の身体を形作るものが、人間の姿を借りて忙しなく動き回る。仕事や権力、金、セックス、愛情と憎しみ、怒りや喜び、寛容と拒絶が入り混じる。居心地の悪さを感じながらも、どこかで共鳴のようなものを覚えるのは、トリアーのようにクセのある人であったとしても、人間誰しもの内面に通じるものがあるからだろう。

 鍵を握るのはダンストが姉のシャルロット・ゲンズブールにシラッと言う「地球は邪悪よ。嘆くことはないわ」という言葉だ。ここから思わずにはいられないのは、メランコリアをどう捉えるかという点だ。ゲンズブールはその接近に恐れ戦いている。自ら命を絶つ者もいる。しかし、ダンストはメランコリアが近づくに連れて、不思議と癒しを得ているではないか。地球と対をなすものがメランコリアとするなら、地球が呑まれてしまうことで、生きる苦しみから解放される。その表現が面白い効果を上げている。ここでは常識は通用しない。

 トリアー作品にこんな言葉を使うとは思わなかったけれど、ここには映像美が溢れている。メランコリアの接近に伴い、非日常が顔を見せ、それを視覚効果を補助的に用いながら美しく切り取っている。幻想に命を吹き込んでいる。崩壊と、それが生み出す美に息を呑む。

 映画とは作り手の心象を映し出す芸術だ。それを偽ろうとすると、途端にそれが浮かび上がってしまう。トリアーもそれを承知し、全てを正直に曝け出したようだ。近寄り難い監督には違いないものの、その姿勢は讃えたい気分になっている。





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