愛とセックスとセレブリティ

愛とセックスとセレブリティ “Spread”

監督:デヴィッド・マッケンジー

出演:アシュトン・カッチャー、アン・ヘッシュ、マルガリータ・レヴィエヴァ、
   セバスチャン・スタン、レイチェル・ブランチャード、
   マリア・コンチータ・アロンゾ、アシュレイ・ジョンソン

評価:★★




 前半部分のアシュトン・カッチャーのファッションが楽しい。例えばオープニングの、手足が長く、スラリとしたガタイの上に乗っかった、いかにもロサンゼルス的なハンサムフェイスのカッチャーの着こなし。真っ赤なシャツの上に黒いジャケットを羽織り、そこにチェック柄のストールを巻きつける。こんなシンプルな組み合わせなのに、それだけで魅せてしまう。カッチャーは赤や青をアクセントに置くのが上手く、ストールの遊び方も楽しい。ふむ、なるほどこれならば、ジゴロの見た目として、合格だろう。

 簡単に言えば、“退屈な「アルフィー」(66年)”である。金持ちの女に気に入られることで楽してゴージャスな暮らしを続けている男が主人公。決して深くは踏み込めない人間関係だとか、社会と距離をとらずにはいられない精神的問題だとか、男の内面を掘り下げることは一切なく、ただひたすらに愚かしい生活を続ける男を観察している。別にこれ自体は問題ではない。愚かな男の愚かな生活を見つめる、それを緻密に描き出すのであれば、何かしらの真実が見えてくるものだからだ。「アルフィー」を思い出せば、明白だ。

 ところが、『愛とセックスとセレブリティ』は結局、観察記以上のものにはならなかった。男の描き込みとその生活がつまらないからだ。第一に男の言動が甘過ぎる。せっかく手に入れた年上女とのリッチな生活なのに、家でパーティを開いたり、娼婦を呼んだり、他の女の影をちらつかせたり、と賢いとは言えない振る舞いを繰り返してばかりなのだ。あえて危険を冒しているというのではない。単に思慮が足りない。したがって男が次第にただのバカにしか見えなくなり、男が本当の恋に落ちる件になると、もはやどうとでもしてくれという気分になる。

 セックス描写が淡白なのもダメだろう。年上女たちはなぜ男を欲するのか。そこでセックスが鍵を握っているのは間違いなく、実際、カッチャーとアン・ヘッシュも様々なシチュエーションでのセックスを披露する。ただし、見せ方があまりにもあっさり。ひとつのセックスをねっとりじっくり描くのではなく、MUSIC VIDEO風にワンカットで済ませるそれが続出。男はセックスは上手過ぎてもいけないと言ってのけるほどにこだわりを持っているのに、つまりそこから浮かび上がるものも大きいはずなのに、それはないだろう。案外性的欲望が感じられない見せ方だ。ただし、カッチャーはともかく、ヘッシュはよくぞ脱いだと言って良いかもしれない。それでも印象に残らないのは気の毒だけれど。ちゅーか、若いマルガリータ・レヴィエヴァがたいして脱がないのは、なぜ。

 後半は男は自堕落な生活のツケを払わされる。「自業自得」「因果応報」といった言葉を連想する展開で、特に思うところはない。プレイボーイを気取る男ほど本当の恋は上手くいかないというお馴染みのエピソードの数々が、前半との対比で、余計に底浅く見えるばかりだ。それならばいっそ、カッチャーのためのプロモーション映画として割り切った魅せ方にして欲しかった。バンバンオシャレして、バンバン脱いで、バンバン腰を動かすのだ。ヘンにシリアスをキメられるより、よっぽど退屈しないだろう。もちろんその際は、ヘッシュではなく、ゴージャスな相手をよろしく。





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