サラの鍵

サラの鍵 “Elle s'appelait Sarah”

監督:ジル・パケ=ブランネール

出演:クリスティン・スコット=トーマス、メリュジーヌ・マヤンス、
   ニエル・アレストリュプ、アイダン・クイン、フレデリック・ピエロ、
   ミシェル・デュショーソワ、ドミニク・フロ、ナターシャ・マスケヴィッチ

評価:★★




 これだけ映画で描かれているのに、ナチス絡みのネタは一向に尽きる気配がない。それだけの蛮行であったという証拠でもあるけれど、やはり気が滅入る。『サラの鍵』はしかもフランス政府が絡む。パリでユダヤ人たちが一斉に検挙された事件が発端になる。屋内競輪場に集められ、次いで収容所へ。身の毛のよだつ歴史が、確かに刻まれてきた。

 少女はこの事件をきっかけに、その人生に大変な重荷を背負うことになる。検挙の日、幼い弟をクローゼットに隠し鍵をかける。もちろん弟を助けようという思いやりからだ。しかし、事態は想像以上に深刻で、家にはもちろん帰れない。このままでは弟が閉じ込められたままになってしまう。一刻も早く収容所から逃げ出さなくては!少女は収容所で直接的非人間的行為を受けるわけではない。しかし、それと同等の、いやそれ以上の過酷な仕打ちを叩きつけられる。胸が詰まる。少女はどんな人生を送ったのだろう。身を乗り出す。

 ところがこの映画は、その当たり前の問いに無視を決め込む。少女は主人公ですらない。ヒロインは現代に生きるジャーナリストで、少女が検挙されるまで住んでいたアパートに越す計画があったために、少女の存在を知り、その軌跡を追いかけ始める。過去が現代に伝えるものは何なのか。

 この構成は他の映画でも頻繁に見られるものだ。過去と現代を行き来しながら、その共通点を探る。過去から教訓を学ぶ。過去から一筋の希望を得る。赦しを得ることもある。歴史を知ることは重要だ。だけれどしかし、それを美化したり、あるいはその悲劇から何かを得ようとする行為は、嫌だ。言葉では説明し難い。ただ、どうしても無粋に思える。

 その例に漏れない映画だ。ジャーナリストの好奇心から、少女の人生を探るヒロイン。ご丁寧にもその腹には命が宿っているのだという。人生に迷う彼女は、いつしか少女のそれから離れられなくなっている。そしてそれが美しいこととして描かれる。少女の鍵が開けるのはクローゼットだけではなかった。…ということらしい。

 それにしても、終幕が少女探しの旅だけに終わっているのはどういうことだろう。少女の年表を辿るだけで、その心模様は、そしてそれに伴う苦しみは、全く見えてこない。そもそも収容所描写はどこかで見たようなものだし、少女がパリに戻る過程も恐ろしくあっさりしている。やはり現代とのリンクこそ、メインなのだ。うん、無粋だ。

 ラストシーンには驚く。ある人物の「名前」が明らかになる。どうやら泣き所のようだ。でも無理。泣くのは無理。そこに行き着くまでの無神経さに気づかない作り手がちらついてしまうのだ。





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