デビルズ・ダブル ある影武者の物語

デビルズ・ダブル ある影武者の物語 “The Devil's Double”

監督:リー・タマホリ

出演:ドミニク・クーパー、リュディヴィーヌ・サニエ、
   ラード・ラウィ、フィリップ・クァスト、ミモウン・オエイシャ

評価:★★★




 虚構の世界を描く映画の中でも、特殊な状況下を舞台にした映画があるとする。「異常」が当たり前のように蔓延る、気が触れた世界。倫理観など存在せず、生きるルールすら見当たらない世界。…と来れば、その世界観を念入りに描くのは当たり前として、そこでしか存在しない「何か」を探る必要があるだろう。別の惑星が背景にあるなら、その生態系が話に絡む必要がある。海の中が舞台なら、泳ぐ以外の条件が展開に意味を持つ必要がある。

 その点において『デビルズ・ダブル ある影武者の物語』は甘い。あのイラクの独裁者サダム・フセインの息子ウダイの影武者役を命じられてしまった男の奇怪な日々。その悪夢に塗れた日常に焦点が当てられるのだけど、意外や意外、男の反逆話以上のものが浮かび上がらない。

 もちろんウダイ・フセインは非人間的に描かれる。人の好さそうな笑顔は作り物でしかなく、人間性は皆無だ。金と権力を盾にやりたい放題の毎日。弱き者たちを徹底的に道具として扱う。目を疑う極悪非道ぶり。善悪の境界のない子ども。しかし、あの父親に「生まれたときに殺すべきだった」と言わしめるほどに悪の奥行きは深くない。自分の好きなもの、欲しいもので周りを固め、気に喰わないものを血塗れに排除していくだけ。薄っぺらな悪。駄々っ子と結びついた悪。無邪気と言い包めた悪。

 結果、ここにあるのは、愚行の告発と、それに反旗を翻した男の逃走劇ということになる。愚行は愚かを極める。反逆は特に工夫はない。つまり後に残るのは、並べ立てられた愚行だ。リー・タマホリ監督の演出は酷く直接的だ。底のない暴力と明け透けな裸が放つショック。ウダイの女の思惑は中途半端に済まされる。 

 タマホリが目指すべきだったのは、影武者ならではの苦悩ではなかったか。目をつけられたら最後、選択の余地はない。逆らえば非情な拷問が待つ。家族も危険に晒される。しかし、大統領の影武者ゆえの特典も満載で、生活は一見ゴージャスだ。女も物も苦労要らずに手に入る。つまり巧く頭を働かせれば「自由」は手に入れられるかもしれない。ところが、無秩序の中のそれは、本当のそれとは異なる。その苦しみを徹底的に炙り出すべきだった。影武者ライフ自体はあっさりしたものだ。

 ただし、ウダイと影武者を演じるドミニク・クーパーは素晴らしい。大変素晴らしい。二役の演じ分けが自然になされている。ウダイの創り込みが優れていると言い換えることも可能だ。甲高い声、独特のリズム回しもさることながら、身体の動きの美しさに見入る。常に落ち着かず、そわそわしていながら、それでいて妙に綺麗な身のこなし。役柄を考えると言い方が悪いのだけど、ファンキーな魅力が炸裂している。表情がくるくる変わるのも、万華鏡を眺めるような味わい。もちろんその演技の底には恐怖が敷かれている。

 そもそもクーパーがちゃんと中東人に見えるのというのが可笑しい。ヒゲを蓄えて、髪を刈り込むぐらいで、よくもまあ…。内容に違和感を感じながらも一向に退屈と無縁だったのは、間違いなくクーパーの怪演のおかげだ。今後かなり化けると見た。





blogram投票ボタン

ブログパーツ

スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

『デビルズ・ダブル ある影武者の物語』お薦め映画

見どころはなんといっても、ドミニク・クーパーがウダイとラティフを一人二役で演じていることである。2人を見比べているだけで退屈しないし、2人が同じ画面に登場しても、全く白けた感じにならない。素晴らしいと思う。フセイン政権は2003年に崩壊したが、隣国でも最高権…
プロフィール

Yoshi

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

blogram投票ボタン
blogram投票ボタン
人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ