マッド・ブラザー

マッド・ブラザー “Leaves of Grass”

監督・出演:ティム・ブレイク・ネルソン

出演:エドワード・ノートン、ケリー・ラッセル、スーザン・サランドン、
   メラニー・リンスキー、リチャード・ドレイファス、ジョシュ・ペイス、
   プルイット・テイラー・ヴィンス、タイ・バーレル、ルーシー・デヴィート

評価:★★★




 映画に一卵性の双子を登場させるのは危険だ。実際に双子兄弟が一人ずつ演じるのであれば問題がないけれど、そう都合良く双子俳優は見つからない。主人公ともなると、ほとんどの場合、有名俳優の一人二役となる。ひとりの俳優が双子を演じ分け、それを視覚効果により合成することになる。映画技術は飛躍的に伸びているから、一見視覚効果の力を借りているとは思えない。ただ、結局画面の奇妙さに気づく。実際に双子に会ったときには感じない違和感が、それでもどうしても浮上してくるのだ。例えば「ソーシャル・ネットワーク」(10年)のアーミー・ハマー。ハマー自身は爽快なパフォーマンスなのに、デヴィッド・フィンチャーがトリッキーな画面作りに走ったことで、居心地悪い気分になった。

 『マッド・ブラザー』にはそれがない。そうなった理由のひとつは一卵性でも外見の印象が全く違うこと。もうひとつは双子をエドワード・ノートンが演じていることにある。ノートンが演じるのは、アイビーリーグで大学教授をしている兄と家で大麻栽培をしている弟だ。ノートンの描き分けがあまりにも鮮やかで、それなのに作り手がそれを強調して見せないので、すんなり画面に馴染んでいるのだ。思えばノートンがデビューしたのは「真実の行方」(96年)の二重人格演技だった。「ファイト・クラブ」(99年)でも強烈な変身を見せた。双子の演じ分けなど、容易いのかもしれない。どうせなら兄弟の容姿を全く同じに見せても面白かったかもしれない。ノートンならば、それでも兄弟の演じ分けを華麗にこなすことだろう。

 要するにこの映画は、ほとんどノートンショウとでも言うべき作りになっている。オクラホマ、タルサに住む弟がハッパ製造機の購入のために多額の借金を作り、それに真面目な兄が巻き込まれていく話。兄と弟ではパーソナリティの根っこの部分が全く違う。演出もそれをはっきり区別する。ノートンはしかし、そこに双子ならではの共通性を忍ばせる。兄は弟に反発する。しかし、気がつけば事態は弟のペースだ。この流れの中で兄の中に弟の要素が入り込んでいくる。ノートンがそれを魅せる。繊細に魅せる。ほとんど分からないくらいの匙加減で魅せる。

 双子特有のエピソードがきっちり盛り込まれる。お互いに間違われたり、そっくりであることを逆に利用したり…。定番ネタがしかし、物語の流れを変えていくから侮れない。ひょっとして双子の人たちは、普段からこんな経験をしているのだろうか。そう思わせる日常風景が良い。

 全体の印象はやや寝ぼけ気味かもしれない。血が流れる件など、ちょっとウィリアム・シェイクスピアの悲劇を連想するところもあるのだけれど、作り手が目指したのはそれよりもコーエン兄弟作品の匂いではないかと思う。不条理な出来事に巻き込まれ、いつしかそこから抜け出せなくなっているような、あの風変わりな空気を狙っているフシがある。実際監督のティム・ブレイク・ネルソンは、コーエン兄弟作品出演経験がある。ただ、その再現には悪夢的なイメージが足りない。どん詰まりで笑うしかないという感じは良く出ているものの、そこから悪夢が広がっていかないのが物足りなく感じられる。

 伸ばした枝葉も切り揃えられてはいない。父を亡くして塞ぎ込む母親とのギクシャクした関係。魚を手掴みで捕らえる女とのロマンス。逆セクハラ的に迫ってくる生徒の誘惑。飛行機内で出会った男とのトラブル。これらが雪だるま式に軸となる物語を肉付けできていたら、かなり奇怪さが浮かび上がっただろうに、惜しい。面白いのに、その大半はノートンショウから来ているのだ。





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