私だけのハッピー・エンディング

私だけのハッピー・エンディング “A Little Bit of Heaven”

監督:ニコール・カッセル

出演:ケイト・ハドソン、ガエル・ガルシア・ベルナル、
   ウーピー・ゴールドバーグ、キャシー・ベイツ、ルーシー・パンチ、
   ローズマリー・デウィット、トリート・ウィリアムス、
   スティーヴン・ウェバー、ロマニー・マルコ、ピーター・ディンクレイジ

評価:★




 相変わらず難病を抱えた者、死期の迫った者を主人公にした映画が多い。最近の流行というわけではなくて、忘れる間もなく幾度となく語られる。生きている者は必ずいつかは死を迎える。それを考えると身近なテーマと言えるのかもしれない。ただ、安易に「生」と「死」を尊ぶ傾向は何とかならないだろうか。どれもこれも真面目に人生を受け止めているとは思えない。

 「50/50 フィフティ・フィフティ」(11年)は例外的な作品で、青年がガンと戦う日々を笑いで包み込むことで、生きる真実を突くことに成功していた。『私だけのハッピー・エンディング』も一見同じアプローチだ。しかし、ものの数分で「50/50」とは全く別物だと気づく。ここに散りばめられた笑いは、当人たちだけが楽しいと思っている、独り善がりのそれでしかないからだ。

 笑いと思しきものの大半は下ネタだ。性にまつわるジョークを一切恥ずかしがることなく明け透けに畳み掛けていく。街中で大人の女が「デカチン!」と叫んだり、男の前で自分のオッパイを鷲掴みしたり、「ass」という言葉を躊躇いなく連発したり…。下品なだけだということに、まるで気づいていないようだ。

 いや、それどころか、この下ネタに塗れた女を、さっぱりきっぱり、何事に対しても竹を割ったような性格だと見ている。ヴァイタリティがあると捉えているフシすらある。作り手にとってはこんなのが「イイオンナ」なのだ。もちろんそれは幻想でしかない。女がくだらないセリフを口にし、デリカシーに欠けた行動を見せる度に、気分が悪くなるのはどういうことか。何事も悩み込まないのは無神経なだけ、奔放な振る舞いの数々は傲慢なだけ。バカじゃないのか?

 その女が、余命僅かな日々の中で変化を見せる。男と深い関係になることを拒否してきたのに、遂にホンモノの恋に落ちたかららしい。今までの私は弱さを見せることができなかった。弱さに気づかないふりをしていた。でも今はそんな自分を受け入れるわ。恋ってなんて素晴らしいのかしら。人生はこんなに輝いてるわ。さすが無神経は思考が図太い。傲慢は不敵だ。周りの人たち、よくぞこれまで我慢してきたなぁ。

 ケイト・ハドソンがすっかり魅力を失っていたのはショックだった。役柄のせいもあるだろうけれど、下品な振る舞いの数々がしっくりきていたのが、何とも寂しい。病人であることをアピールするために(ほぼ)すっぴんになったのは勇気があると讃えるべきだろうか。いや、単に痩せられなかったからだけかもしれない。ヘンテコな七三分けで登場するガエル・ガルシア・ベルナル共々、哀れを誘う。

 オープニングでハドソンは下着をチラチラさせながら自転車を漕ぐ。思えばこのとき既に、作品の浅はかさが見えていたのだ。その後ハドソンは、酔っ払いながら自転車を運転、交通ルールを守る人々に迷惑をかける。こんな女に何を思えば良い?共感要素が必要とは言わない。ただ、最小限の常識を具えていて欲しい。





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