猿の惑星:創世記(ジェネシス)

猿の惑星:創世記(ジェネシス) “Rise of the Planet of the Apes”

監督:ルパート・ワイアット

出演:アンディ・サーキス、ジェームズ・フランコ、フリーダ・ピント、
   ジョン・リスゴー、ブライアン・コックス、トム・フェルトン、
   デヴィッド・オイェロウォ、タイラー・ラビーン、ジェイミー・ハリス

評価:★★★




 視覚効果の多用は画面を味気ないものにする。マイケル・ベイ映画を始めとする大半のハリウッド映画を観れば、誰でも気づくことだ。コンピュータによって生み出されたものに命が吹き込まれるのは稀なこと。動きが滑稽になるか、感情の固まった人形が動き回るか。『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』はしかし、その常識をいとも容易く覆す。視覚効果が画面に馴染むばかりか、物語を伝える大きな役割を堂々こなしている。

 これまでの「猿の惑星」シリーズとのいちばんの違いは、猿の表現法だ。人間に猿のメイクをするのではなく、エモーション・キャプチャーと呼ばれる最新技術により創り出している。俳優の実際の演技を後からコンピュータで加工していく方法。メイキャップの力により生み出されてきたからこそ味があったのではないかという危惧が、アッという間に消え去るから驚く。猿を演じたアンディ・サーキスの演技がどこまで活用されているのかは分からないものの(目はやはり人間を思わせる)、猿の気持ちが手にとるように伝わる。それどころか感情移入してしまう。期待と失望、怒りや哀しみ…人間の専売特許だった領域に視覚効果が踏み込み、見事勝利を収めている。

 それだけではない。視覚効果はアクションにおいても素晴らしい効果を上げている。アクションの中心となるのはもちろん猿だ。脚力を大いに活かした、猿ならではのダイナミックなアクションが、次々にキマッていく快感。木に登るのも、枝から枝へと飛び移るのも、長い手を使い振り子の原理で移動するのも、なんともまあパワフル。猿の視線を維持したままのショットを挿入する場面もあり、まるで猿と一体化したような感覚も味わえる。

 猿の動きを正確に再現する中に、技術以外の人間の知恵も感じられる。中でも「突き破る」快感は意識的に生み出されていると思う。人間により狭いところに閉じ込められていた猿たちが、それを次々突破していく際の「突き破る」アクションの数々が、大きな世界に飛び出していく歓びに溢れていくのだ。主人公猿のシーザーは最初は人間の家で暮らし、そこから猿専用の檻に入り、最終的には外に飛び出していく。この流れが持つカタルシスは、物語に大きな余韻を与えてもいる。

 この際大きな役割を果たしているのが撮影の力だ。狭いところも広いところも、低いところも高いところも、編集と視覚効果の力を借りながら柔軟に斬り込んでいく。角度にも気が配られていて、意表をついたショットも多い。シーザーがアメリカ杉のてっぺんからサンフランシスコの街並を眺める場面の気持ち良さが心に残る。

 こうしたヴィジュアルの面白さは、全て物語を語ることに捧げられている。人間の利己性、テクノロジーの過信、信じ合った者同士の絆…特別新しい価値観が示されるわけではないものの、いずれも生き生きと、そして奥深い不安感と共に浮かび上がる。

 そういう意味で、やはり見入ってしまうのは猿たちがサンフランシスコの街に飛び散ってく後半だ。それまでジェームズ・フランコに置かれていた物語の重心が、いつのまにかシーザーに移っている。それを気にさせないイメージ力がこのヴィジュアルにはある。一匹の猿が人間に育てられ、愛し愛され、しかし絶望を味わい、そこから這い上がり、遂に自由を勝ち得る旅に宿るエネルギーが炸裂している。

 シーザーとフランコが向かい合うラストシーンはもっと装飾があっても良かった。でもこれも、人間のエゴというものなのかもしれない。絶望を知った猿は感情に溺れるほどに脆くない。





blogram投票ボタン

ブログパーツ

スポンサーサイト



テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ