ゴーストライター

ゴーストライター “The Ghost Writer”

監督:ロマン・ポランスキー

出演:ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、オリヴィア・ウィリアムス、
   キム・キャトラル、トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、
   ジョン・バーンサル、デヴィッド・リントール、ロバート・パフ、
   ジェームズ・ベルーシ、イーライ・ウォラック

評価:★★★★




 敢えてジャンル分けするならミステリーということになるだろう。物語は前英国首相の自叙伝のゴーストライターが、フェリーから転落、溺死するところから始まる。その仕事を受け継ぐことになった新しいゴーストライターが、思いがけず危険な情報を手にしてしまい、不可解な事件に巻き込まれていく。彼は一体全体どうなってしまうのだろう…という謎が芯に置かれ、その吸引力で力強く見せていく。古書店で見つけた色褪せた本に引き込まれ、気がつけばその世界から抜け出せなくなっているような、充実した感覚に満たされていく。

 尤も、『ゴーストライター』の旨味はそこだけにあるわけではない。ロマン・ポランスキー監督は「水の中のナイフ」(62年)でデビューして以来、映画の技を着実に培ってきた。一時は迷走気味だったものの、近年はいよいよそれが熟成されてきている。沈着冷静な佇まいを崩すことなく、それを繰り出してくるのだ。これ見よがしではない。小手先でもない。まるで大きな帆で風を受けながら大海を航海する船のようだ。尤も、その海は荒れ狂っている。ポランスキーはそれを喜んでいる。

 この映画は空の青を拝むことはできない。常に落ちてきそうな灰色の雲に覆われている。時折雨に打たれる。風はまとわりつくような湿り気を帯びている。海すらも黒くて吸い込まれそうに深い。つまり画面はずっと暗い。室内に入っても、外の匂いと切り離されることなく、重い空気が動かない。ここに立ち上がる不穏な空気だけでも、素晴らしく心に残る。何かが起こっている。しかし、その何かが見えない。不安ばかりが増していく。そしてポランスキーはそこに、好奇や執着という名の媚薬を振りかける。いつの間にか空気が隙間を塞いでいる。それを支える美術装置や撮影、そして音楽の快楽から離れられなくなる。

 ただし、この世界にどっぷり浸かっても、核心にはなかなか辿り着けない。見えてきたと思ったら、あっさりかわされることの繰り返し。主人公の頼りなさがここで効いてくる。仕事に真面目で、でも腕力は弱く、しかし度胸と知恵はあり、ところがとんだヘマをやらかす。ユアン・マクレガーは飄々と主人公に憑依する。ずっと名前で呼ばれることなく、“ゴースト”と言われ続けるのが可笑しくて、そしてそれが彼を、映画を象徴する。ゴーストの、それこそゴーストのような掴み所のない存在感がミステリーの隠し味になる。

 ポランスキーは小難しい演出などしていない。いたって正攻法のそれだ。ただ、彼は「語る」ということについて、観客が最も心地良く感じる速度を知り抜いている。決して物語を急いでいる印象はない。それなのに場面毎に取り出してみると、案外せっかちなところも見られる。カメラの切り返しのタイミングが早いし、セリフの応酬もスピード感が大切にされている。場面が語ろうとしていることをのんびり理解しようとすると、置いていかれる危険を秘めている。それが積み重なることで、しかしそれは快感に変貌を遂げていく。理屈云々ではないのだろう。

 しかも、ポランスキーは決して頭でっかちではない。ちゃんと「今」の映画の匂いを滑り込ませているのが頼もしい。登場人物たちが滞在する米国東海岸の孤島の別荘は、モダンなデザインであると同時に監獄のような冷たさを湛えている。前首相が告発される事件にはスパイ映画の表情が見える。中盤の見所のひとつである、カーナビを用いたサスペンス作りにはユーモラスな味がある。一定の緊張感に包まれながら、突然喜劇風の意表を突いてくるから、油断できない。

 キャストもポランスキーの演出によく応えている。わけても前首相夫人を演じたオリヴィア・ウィリアムスが強い印象を残す。かつては美人女優以上のものを感じさせなかったけれど、めっきり老けたことで、俄然面白くなってきた。額のシワやくっきりしたほうれい線が人生の苦味を感じさせるのだ。誰もが二面性を持った物語の中で、この苦味は大変有効だ。主人公を惑わせる毒となる。別荘でゴーストと語る際の、ドレープの入ったクリムゾンレッドの部屋着の着こなしには魅せられる。大人の女とはこういうものだ。

 主役はポランスキーなのかもしれない。画面の奥深くに入り込む度にゴーストの足音が聞こえる。その足音にずっと寄り添っていたいと思う。ゴーストを影から動かしているのは、もちろんポランスキーだ。





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