水曜日のエミリア

水曜日のエミリア “Love and Other Impossible Pursuits”

監督:ドン・ルース

出演:ナタリー・ポートマン、チャーリー・ターハン、スコット・コーエン、
   リサ・クドロー、ローレン・アンブローズ、エリザベス・マーヴェル、
   アンソニー・ラップ、デイジー・ターハン

評価:★




 映画の登場人物に共感できる必要はないと思う。共感できて面白かっただとか、共感できなくて失望しただとか、共感できることこそ大切だと言わんばかりの映画の見方に出合うことがあるけれど、映画についてアレコレ思う物差しに「共感」はさほど関係ない。重要なのはその人物に興味をかき立てられるかどうかだ。自分とは全く思考回路が異なる。一般常識からも外れるだろう。全く褒められない考え方かもしれない。でもそれゆえに身を乗り出してしまうことは、良くできた映画では珍しくない。

 『水曜日のエミリア』がこれほどに退屈なのは、出てくる人物にことごとく興味を惹かれないからに他ならない。何かの冗談かと邪推してしまうほどに、人間の嫌らしい側面ばかりが描かれていく。共感できないのは構わないけれど、それが興味に結びつかず、人物像が膨らんでいかないのは辛い。彼らの嫌な性質を羅列するだけの前半。しかし、どうやら作り手は、それを「人間らしい」として同情的に見ているようなのだ。

 生後間もない娘を亡くしたことを理由に、人間的感情を失ってしまったような振る舞いのヒロイン。いかにも「良い人」のように、当たり障りのない言葉で場を収めることしかしない夫。離婚の恨みがあるからか、非常識な言動を繰り返す夫の元妻。子どもの残酷さは当然だと、いかにも無神経な子ども。その他、両親や教師もいけ好かない。

 とりわけヒロインが自己憐憫の方向に向かっていくのが退屈だ。この世で自分ほど不幸な女はいないと嘆き続ける。後半に入ると彼女は娘の死にまつわるある秘密を明らかにする。そしてそれをきっかけにその秘密の奥にある事実を知らされることになる。そのときの反応など、自己憐憫の大いなる証拠ではないか。

 ナタリー・ポートマンは好感度の高い女優だけれど、それゆえ違和感がきつくなる。仏頂面で悲劇のヒロインごっこに興じる愚かさは、ポートマンの資質とは水と油だ。ますますヒロインから興味が遠ざかる。夫に扮したスコット・コーエンは存在感がなく、子役のチャーリー・ターハンはスティーヴ・ザーンそっくりで、でも他に思うところなし。リサ・クドローもこの描き方では、単なる嫌な女だ。

 救いがあるとすれば、ポートマンが見せるコーディネートだろう。無駄に暗く深刻な作りの中で、ポートマンがまとう衣服だけは、ニューヨークにピッタリの軽やかさ。特別オシャレである必要のない役柄だけれど、むしろそれゆえの力の抜け方がイイ。





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