メアリー&マックス

メアリー&マックス “Mary and Max”

監督:アダム・エリオット

声の出演:トニ・コレット、フィリップ・シーモア・ホフマン、
   エリック・バナ、ベサニー・ホイットモア

評価:★★★




 アニメーションはCGであれ手描きであれストップモーションであれ、ファンタジーが根底に敷かれているものだ。実写では表現が難しい題材が出てきたときこそ、アニメーションの出番。想像力と創造力を膨らませて奇想天外な世界を展開させる。ところが、オーストラリアからやってきたクレイアニメーション『メアリー&マックス』は、現実感がとても大切にされている。主人公は動物や乗り物ではなくて人間だし、空飛ぶ家も魔法も出てこない。ニューヨークに住む中年男とメルボルンに住む少女が関係を深くしていく様を描く。それだけでも随分と地味なのに、彼らがその手段として使うのはなんと「文通」なのだ。1976年から物語が始まるのでこれがベストなのか。電話ぐらいできそうなものだけど。

 擦り合わされるのは孤独と孤独だ。住む場所も境遇も性別も年齢も全く違うふたりなのに、互いにとってとても大切な存在となっていく。ただし、ここが重要なのだけど、すぐにその絆が強固なものとなるわけではない。人と人の距離というのは大変デリケートなもので、信頼がホンモノのそれに変わるには時間が必要になる。そこのところをじっくり見つめているところが誠実だ。何しろ文通のきっかけとなったのは、少女が中年男の名前を面白いと思ったという好奇心からなのだ。

 文面の底には互いの孤独がほんのりと揺らめいていて、それが積み重なることで強力な磁力に変換されていく。アスペルガー症候群や奇怪な両親との生活が彼らの毎日を閉鎖的なものに追い込み、しかし言葉がその扉を少しずつ開く鍵となる。彼らのやりとりには押し付けがましさがない。互いの人生を必要以上に探ろうともしないし、無理な願いを強いることもない。孤独は孤独の佇まいを知っている。

 この文通は、途中の中断も含めて、20年に渡るものとなる。驚いたのはそうして育まれた強いはずの絆が、あることをきっかけに崩れてしまうエピソードが出てきたことだ。浮上するのは「思い上がり」というヤツ。自分の力を信じるのは大切なことだけれど、だからと言って簡単に人を変えられるとは限らない。少女が善意で考えたある行為が男を傷つける。うぬぼれや傲慢さが簡単に関係を揺るがせる。崩れるときはアッと言う間。この流れは、実は相当に鋭い。

 もちろん、ふたりはそれを乗り越える。許すことと寛容であることが非常に丁寧に紡がれていく。人間は皆不完全なものだという事実への気づきが、新しい関係を生み出していく、その爽快さよ。

 現実的な展開である一方、クレイアニメーション特有の動きはチャーミングだ。デザイン自体は可愛らしさとは程遠い。男のだらしない体型や少女の冴えない容姿が思い切りデフォルメされているし、動物たちでさえイモムシ風の醜さがちょっとずつ取り入れられている。ただ、それに動きがつくと、なぜだか愛しさが何倍にも膨れ上がる。ニューヨーク場面の大半がモノクロになっているのも、その世界観を静かに的確に捉えている。

 毒と温もりの溶け合い方も優しい。思わずギョッとするようなブラックユーモアが想像以上に次々訪れるのだけれど、それが浮き上がることなく、物語の慎ましい温もりと溶け合っている。現実への向き合い方の誠実さが大いにモノを言っているのだろう。ナレーションや手紙の文章の読み上げの多用は惜しいものの、人間関係を見つめる角度は独創的かつ刺激的だ。





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