クロエ

クロエ “Chloe”

監督:アトム・エゴヤン

出演:アマンダ・セイフライド、ジュリアン・ムーア、リーアム・ニーソン、
   マックス・シエリオット、R・H・トムソン、ニーナ・ドブレフ、
   ミシュー・ヴェラーニ、ジュリー・カーナー

評価:★★




 フランス映画「恍惚」(03年。アンヌ・フォンテーヌ監督、エマニュエル・ベアール主演)がベースになってはいるものの、『クロエ』は全く別物の映画と考えて差し支えない。設定だけは借りて、後は自由に話を膨らませたようだ。ただし、テーマのひとつが“官能”であることは共通している。そしてその点に絞って言うなら、『クロエ』は「恍惚」に完敗だ。匂い立つような、むせ返るような、思わず息を止めてしまうような、ホンモノの官能はここには見当たらない。最近のフランス映画のラヴストーリーは愛の講釈がうだうだ煩いだけであまり好みではないのだけれど、官能表現は依然強力だ。アメリカは全くの逆。話は面白くても、官能はてんで子ども。同じ官能を目指しても、なんと幼いことか。アトム・エゴヤンが手掛けても、だ。

 そうなのだ、俄かには信じ難いことに、エゴヤンが監督している。目指したのは誰にでも理解できる分かりやすい、あけっぴろげな“官能”のようで、直接的な性的描写が多い。老いが気になる妻も、孤独な心を抱える娼婦も、思春期真っ只中の息子も、大変気前良く脱ぐ。頼んでもいないのに脱ぐ。身体こそ“官能”の源とでも主張するかのように。ある意味でそれは正しい。しかし、全てを見せたところで、そこに余白がないと想像力を刺激され難い。毎日の生活の中に生まれる隙のようなもの、それが“官能”を引き立てる。肉と肉がぶつかり、しかしそこに人間の本能的な部分と密接に結びついた欲望が絡まないことには、ちっとも興奮しない。

 序盤に女医である妻が、患者にオーガズムについて言葉で説明する場面が出てくる。これがこの映画の官能の答えだ。脱ぐだけ脱いで、即物的効果を狙うのは、志の低いアダルトビデオと変わらない。どうしたんだ、エゴヤン。

 物語もやけにチープだ。夫の浮気願望を調べるために知り合った疑心暗鬼の妻と若さ溢れる売春婦。妻が売春婦に夫を誘惑させるというキワドイ関係とそのやりとり。新たな絆のようなものが生まれるところにオリジナルの面白さがあったわけだけれど、ここには女たちのレズビアン願望以上のものは浮かび上がらず、当然後に引く余韻もない。やたらスタイリッシュな映像の中で距離を縮め、そして求め合うだけ。魔性が決定的に足りない。ちょっと「氷の微笑」(92年)を思わせるところがあるくらいで、いかにもアメリカ的な脚色に呆れてしまうほどだ(実際にはカナダ、フランス資本も入っている)。

 ただ、娼婦を演じるアマンダ・セイフライドが今が旬の輝きに包まれていることは間違いない。顔の半分を占める大きな目。ウェイブのかかった艶のあるブロンド。赤があまりにも似合う瑞々しい肌。ぽってりした唇はいやらしく、これならば男たちは辛抱タマランはずだ。スカーレット・ヨハンソンに代わるオヤジキラーに認定しても良い。妖艶さという点ではこれまでのベストか。なぜこれが話の流れの中で活かされないのか。彼女が画面が登場しても画面に色気が出ないとは、エゴヤンは罪深いことをしたものだ。





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