キラー・インサイド・ミー

キラー・インサイド・ミー “The Killer Inside Me”

監督:マイケル・ウィンターボトム

出演:ケイシー・アフレック、ケイト・ハドソン、ジェシカ・アルバ、
   ネット・ビーティ、イライアス・コティーズ、トム・バウアー、
   サイモン・ベイカー、ビル・プルマン、リアム・エイケン

評価:★★




 暴力は突然に顔を出す。受ける側はもちろん予期していない場合がほとんどだし、繰り出す方だってコントロールできているかというと怪しいものだ。善人でも悪人でも大なり小なり“火種”は抱えているものなのだろう。そして何かをきっかけに、それが着火する。人間の闇は深く、色濃い。迷い込んだら、簡単にはそこから抜け出せない。

 『キラー・インサイド・ミー』には温厚な佇まいの青年の殺人の物語が軸にあるものの、その精神的な栄光と転落の中に顔を出す「暴力」こそ、真の主役だ。実体のない“ヤツ”の、不可思議で衝動的な姿が描き出されていく。マイケル・ウィンターボトム監督の狙いは明確に伝わる。

 そう、明確に伝わる。そこが問題だ。何と言うか、実に分かりやすく“ヤツ”が浮かび上がってくる。青年の中に眠っていた“ヤツ”が目を覚まし、暴走を始めてからは、所謂「計画」というものが人間の知恵を借りて、筋立てに沿った表情を見せる。見るからに繊細そうで、でも何か危うさを感じさせるケイシー・アフレックを配役したのは間違いだった。アフレックはこもった声のトーンを一切変えないままに、無表情に暴力を操ってしまう。「計画」を捻り出し、その宿命的な人生の一側面を思うがままに切り取ってしまう。実際は逆であるべきだった。アフレックが暴力に支配されなければならなかった。自らの内に眠るそれに抵抗しつつ、しかし蝕まれていかなければならなかった。暴力を運命に引き込もうとして、それに呑まれてしまう気配が漂わず、こじんまりとした短編小説風にまとめてしまった印象が強い。

 保安官助手のアフレックと娼婦のジェシカ・アルバが初めて顔を合わせる場面の衝撃をもっと大切にするべきだったのではないか。いつものように愛らしいアルバが、客と勘違いしたアフレックを家の中に招き入れる。アフレックはそこで初めて自分が保安官であることを明かす。町から出て行くように命じられたアルバは怒り狂い、アフレックに掴みかかっていく。このときアフレックの中の何かが目を見開き、アルバへ逆襲を始める。…といった流れの後にラヴシーンに雪崩れ込んでいくのが、奇怪ではあるけれど、人間の本能的な部分を鮮やかに刺激する。「SM」なんていう枠の中には収まりきらない、怪物的な何かが動いていることが分かる。物語をラヴストーリーとして読むならば、このときこそ、その悲劇性が始まった瞬間となる。そう考えると感慨深くもある。

 ウィンターボトムは、50年代のテキサスが舞台になっていることもあり、フィルムノワールを蘇らせようともしたようだ。気だるさを封じ込めた美しい撮影、時代色たっぷりの音楽、女たちの衣装とメイク。ただ、フィルムノワールを意識的に再現しようとはしても、現代的な要素だとか、或いはこの映画にしかない表情だとか、際立ったポイントは見当たらない。これでは「ホンモノ」を真似た「ニセモノ」で終わってしまう。職人的に何でもこなすウィンターボトムの器用さがマイナスに働いた格好だ。





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