ザ・ゲーム

ザ・ゲーム “Even Money”

監督:マーク・ライデル

出演:キム・ベイシンガー、フォレスト・ウィテカー、ティム・ロス、
   レイ・リオッタ、ダニー・デヴィート、ケルシー・グラマー、
   グラント・サリヴァン、ジェイ・モア、カーラ・グギノ、ニック・キャノン

評価:★★




 ナレーションで語られるのは、金や愛、「人生の欲望」を求めることについて。求め過ぎると多くを失うのだという。やけに大袈裟な物の言い方だけれど、これはギャンブルにハマって堕ちていく人々の物語だ。金を賭けることにハマッていく者、借金に塗れて家族を八百長に巻き込む者、そして裏社会でノミ屋として生きる者。ギャンブルにより欲望を満たそうとして、その実、ギャンブルにより雁字搦めになってしまう愚かさが描かれる。ケチなノミ屋の死体発見をきっかけに始まる物語は、金が絡んでいることもあり、多種多様な人間模様を描きやすい題材であることは間違いない。

 ただし、ギャンブルの世界にドラマを見つけることは容易い。誰でも思いつく。実際、これまでにもギャンブル社会を取り上げた映画は多い。…となると、どういう見せ方をすれば良いのか、工夫しなければならない。そうしてマーク・ライデル監督が選んだのは群像劇だ。色々な角度からギャンブルに手を染める者たちを引っ張り出し、その人生を絡ませる。切り口が多いゆえ複雑な地図を織り上げることが可能だろう。尤も、最近は群像劇スタイルが多くて、別段「工夫」には見えないのは誤算なのかもしれない。そして多くの群像劇がロバート・アルトマン映画やクエンティン・タランティーノ映画になれぬまま沈んでいくのと同じように、『ザ・ゲーム』もまた群像劇というスタイルを活かしているとは言い難い。

 一言で言うなら、生真面目なのだ。アルトマンのように風刺性を茶目っ気たっぷりに忍ばせる術がなければ、タランティーノのように独特のユーモアやマヌケさ、奇抜なアイデアを炸裂させる度胸もない。ライデルはギャンブルに溺れていく者たちの人生を、丁寧に追いかけるのみで、そこに映画の技を盛り込まない。平行して人生を描くことに徹して、しかしそれが個性のなさに繋がっていく。

 ライデルは脚本の無芸にも気づいていないようだ。ギャンブル依存症とでも言うべき者たちが次々登場。欲望に忠実に突っ走る割りには、それぞれの欲望が衝突しせめぎ合い、摩擦を引き起こすことすらしないのだ。例えるなら知り合いに街角で偶然顔を合わせる程度の絡まりしか見せない。

 脚本の無芸は、映画の全体像を示すクライマックスだけを見ても明らかだ。どうやらギャンブルの裏にはアイヴァンという名の大物がいるらしいことが分かる。物語は彼の正体は誰なのかという謎で引っ張っているところが非常に大きいのに、真相がとんだ腰砕けだ。欲望を抑えられなかった者が泣きを見るという、至極当たり前の結末が次々訪れるのに驚く。まさか説教までするとは…。映画において、真面目さというのはあまり力にならないと改めて思う。

 平板な作りだと、スターが演じる人物が印象に残るのは当然だ。ここではキム・ベイシンガーが断然目立っている。艶のあるブロンド(光の加減か、赤毛に見える場面あり)だけでも強く心に残るベイシンガーは、内面の脆さを体現するのがとても上手く、分かっているのにやめられない崩れ方が、何とも色っぽい。勝っているときの興奮も、負けが込んでいるときのぐらつきも、「女」を感じさせる。思わず守ってあげたくなる匂いが濃厚だ。

 いつもならワルを演じるであろうレイ・リオッタが、そんなベイシンガーの誠実な夫に扮しているのも面白いキャスティングだろう。仕事にも家庭にも真面目に向き合っている男で、毎日愛の言葉を囁き、料理まで作ってしまう。ベイシンガーの適度な淫らさとの相性も良い。彼女を包み込む大きさを感じさせる。リオッタにはもっと面白い役柄に出合って欲しいと心から思う。ベイシンガー&リオッタ夫妻に絞った作りにした方が良かったかもしれない。





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