キッズ・オールライト

キッズ・オールライト “The Kids Are All Right”

監督:リサ・チョロデンコ

出演:アネット・ベニング、ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、
   ミア・ワシコウスカ、ジョシュ・ハッチャーソン

評価:★★




 正直に言うなら、序盤はユニークな設定だと思ったのだ。レズビアンカップルと、それぞれが同じ精子提供者の力を借りて産んだ、思春期の娘と息子の4人家族が描かれる。世の中の可能性はどんどん広がっている。社会も万華鏡のように複雑だ。当然多種多様な価値観が生まれ、生活の形態も簡単に型にハマるようなものではなくなってきた。それを象徴するような家族ではないか。ところが、極めて合理的だと笑ってしまうほどだったそれが、段々煩く、そして鬱陶しくなってくる。一体全体どうしたことだろう。

 作品の輪郭はコンパクトにまとめられている。物語の速度も的確だ。役者も力のある者が揃えられている。笑いの入れ方も、気を衒わず、しかし絶妙の間を作り出している。そして普遍的な家族のテーマが見えてくる。レズビアンを取り上げていると言っても、その葛藤を理解できないものとして見つめていない。誰しもが覚えのある不満や不安を転がして、物語を展開させていく。ただし、それではわざわざこの家族を用意した意味がない。そうしてリサ・チョロデンコ監督は「母性」という名のカードを切り出す。この家族には父親がいない。母親がふたりだ。したがって、「母性」と「母性」が擦れ合うことで、生まれるものこそが美点となる。

 しかし、美点は欠点になる。この家族の前に精子提供者の男が現れたことをきっかけに、その強固だった絆に軋みを見つけている。美しいバランスがとられていた関係の足場がぐらつき始め、遂には崩れてしまう。それでもチョロデンコは、この家族のベースに敷かれた、「母性」に裏打ちされた結びつきを決して疑ってはいない。言い換えるなら、「母性」を絶対的なものとして捉えている。どんなに過ちを冒したとしても、どんなに想いがバラバラになったとしても、どんなに惨めに堕ちてしまったとしても、それだけは決して偽りとはならない。最後にはそれが力を発揮する。そう信じることは全くもって、結構なことなのだけど、同時に語り手として非常に卑怯ではないかとも思う。

 このカップルはこの特異な家族になることを選んだ。それに伴うリスクや障害も承知しての上のことだろう。覚悟がなければできない。当然このような事態が起こることも考えていたはずだ。それを切り抜けるとき、しかし、エゴイズムと紙一重のその選択が生み出した歪みに母性の力をぶつけるのは、人間としてどうなのかという気がする。人は命に弱い。目の前に小さな命があれば、それに救いの手を差し伸べたいと思うのは、ごく自然なことだ。しかし、それを当たり前と思うのは間違っているだろう。ある種の傲慢さがこの家族には横たわっている。そこから感動を生み出そうというのは、さらに拙い。

 その上チョロデンコは、家族の危機を見つめながらも、ずっとサブリミナル的に語り掛けている。「こんな家族もいいでしょう」。傍目には奇異に映る家族かもしれない。それでも彼らは魅力的だろうという声を至るところに滑り込ませていて、これがなんとも押し付けがましい。寛容のアピールが過ぎて、かえって一面的な見方を強いられる。独り善がりというものだ。

 こうなると演技もくどくなる。序盤は愉快だった演技巧者のアネット・ベニングとジュリアン・ムーアのコンビネーションは、技が煩くて煩くて…。特にベニングはちっともリラックスしない。ムーアと同じ画面に入ると必ず、小技を入れている。ほとんど嫌味。演技過剰。

 この家族は結局“侵入者”を排除する。自己愛が強く、それどころか不寛容の匂いを漂わせる。母性の暴走が恐ろしい。





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