ブルーバレンタイン

ブルーバレンタイン “Blue Valentine”

監督:デレク・シアンフランス

出演:ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムス、
   フェイス・ワディッカ、マイク・ヴォーゲル、ジョン・ドーマン

評価:★★




 エンドロールの背景に花火が打ち上がる。まるで『ブルーバレンタイン』で描かれる恋模様のようだ。儚げに音を立てた灯りが、大空に勢い良く舞い上がり、大輪の花を咲かせ、しかしその輝きを失いながら散っていく。愛というと、特に映画ではキレイゴトでまとめられがちだけれど、もちろんそんなに簡単に完結できるものではない。そして夫婦生活の成功は、愛の深度によるものでもない。物語はその現実を嫌というほどに突きつける。極めて現実的で、でもそれに何の意味があるのかと感じてしまうのは薄情だろうか。

 デレク・シアンフランスという聞き慣れない名前の監督は、主人公である男女の現在と過去を擦り合わせることで、愛の息遣いを画面に定着させようと試みる。子どもが生まれるほどの時間を過ごしてきた男と女であるならば、当然愛が生まれる瞬間もあるはずだし、それが危機を迎えることもあるだろう。彼らの愛は現在極めて危険な状態であり、しかしそんな彼らにも幸せなときがあった。それをカットバックにより対比させることで、その本質を炙り出そうとする。現在の映像がデジタル撮影によるもので、鮮明な色合いなのも、生々しいその効果を狙ってのことだろう。変わること、老いることが時間に鋭利に刻まれる。

 加えて演じるのはライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムスだ。序盤はゴズリングの強みである温か味とウィリアムスならではの生活感とそれに伴う脆さが、ふたりの過去の風景の中で優しく溶け合う。その姿は観る者をも大らかに包み込む類のものだ。現在の場面でもゴズリングは人間的な温度を保つ。

 過去で大きく膨れ上がっていくのは、寛容の心だ。ちっぽけな人間であっても、寛容に大きく満たされた身体であるならば、それが他人の心に伝染していくことは可能だ。男の寛容が女の中に少しずつ入り込んでいく過程が素晴らしい速度で描かれていく。シアンフランスの最も褒められるべきところだ。

 シアンフランスはしかし、現在の場面で大きなミスを犯す。それまでの寛容の心が突如、不寛容のそれに変貌を遂げる。それも男の寛容が女の不寛容へと転換を見せるのだ。女は男に詰め寄る。今の自分たちが不幸せなのは男のせいであると、自分を被害者に見立て、男を責める。あれだけ大きな寛容を見せた男に対して、しかもその寛容の心を持ち続けている男に対して、なぜ。不寛容が偽りの悲劇のヒロインを生み出し、それゆえの不快さが物語に浸透していく。男に非がないわけではないだろう。ただし、それを全て背負わせてしまうような不寛容に説得力を持たせるのは難しい。愛のズレ、価値観のズレだと魅せるのは傲慢というものだ。現在の場面では顔のクローズアップがとても多い。その度に不寛容が息苦しく立ち上がる。

 愛が生まれるときを捉えた過去の場面は弾むような空気が、現在の場面になると消え失せる。それは彼らの置かれている状況からだけ来るのではない。神経の末端をジリジリと焦がしながら、頭の中で物語が展開されていくからだ。本能的な匂いが薄らいでいき、ただ薄ら寒さだけが残る。愛の残骸に余韻が残らない。





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