秘密への招待状

秘密への招待状 “After the Wedding”

監督:バート・フレインドリッチ

出演:ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムス、ビリー・クラダップ、
   アビー・クイン、ウィル・チェイス、アレックス・エソラ、
   スーザン・ブラックウェル、エイサ・デイヴィス、アジー・ロバートソン

評価:★★




 どんな映画でもその箱は作り物だ。ベースとなる話があったとしても、人が捻り出した物語の中を人が生み出した者たちが行き交うに過ぎない。だから時に「ご都合主義」が前面に出る作品が現れる。「作為」が過ぎると言い換えても良い。その作り手は、華麗なる映画的装飾だと、むしろ満足しているのかもしれない。

 そもそも基になったデンマーク映画「アフター・ウェディング」(06年)からして作為が気になったものだ。男親ふたりの物語を母親ふたりのそれに変換したところで、変わりない。作為が大々的に透ける映画は、物語の背後に作り手のしたり顔(実は愚鈍な顔)が浮かぶのが常だ。

 『秘密への招待状』は経営難に苦しむインドの孤児院を巡る慈善活動を通じて女ふたりの人生が交錯するというプロット。彼女たちの人生は現在と過去、ひとりの男を通して繋がっていくのだけれど、これが見事に胡散臭い。偶然に翻弄されながら、その人生の荒波にもがき苦しむふたり。彼らの手足には作り手が垂らした糸がはっきり見える。操り人形でしかないふたりが、その周辺人物が、気の毒で仕方ない。

 しかもそこには大金が放り込まれる。ニューヨークの大富豪夫人はインドで孤児院を営む女に申し出る。200万ドルを寄付しましょう。人情話は途端に錆臭くなる。この際、金をちらつかせる富豪にいやらしさを感じる人は多いだろう。けれどもっと気になるのは、慈善活動なのだから金持ちは寄付して当たり前という気配だ。主にインド女が醸し出す。

 その後も、作為の連鎖は熱くなる一方だ。ゆえに、登場人物を皆良い人の枠の中に押し込める点、或いは産みの苦しみを知る母親たちに重心を置く点…等、いよいよわざとらしい。ソープオペラも完璧に負けた。話は転がっていくのに、強調されるのは物語や人物の作り物感ばかりだ。作為に満ちた設定に寄り掛かり過ぎだ。

 目指すゴールに用意されるのは、人が人を想う愛の深さだ。とりわけ全てがビジネスライクに見える富豪女の体現する愛。作り手はそれを舐め回すように愛でる。けれどそこには、愛に付随するエゴを無視した人間観察しか見当たらないため、最後まで白々しく感じられる。ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムスのような上手い俳優を担ぎ出すだけでは、救えない。





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