マ・レイニーのブラックボトム

マ・レイニーのブラックボトム “Ma Rainey's Black Bottom”

監督:ジョージ・C・ウルフ

出演:ヴィオラ・デイヴィス、チャドウィック・ボウズマン、グリン・ターマン、
   コールマン・ドミンゴ、マイケル・ポッツ、テイラー・ペイジ、
   デューサン・ブラウン、ジョニー・コイン、ジェレミー・シェイモス

評価:★★★




 一場面が長い。セリフの応酬が幾度もある。なるほど原作はオーガスト・ウィルソンの戯曲らしい。では舞台臭がきついかと言うと、そうでもない。舞台原作映画ならではの窮屈さや閉塞感がないとは言わないものの、柔軟なカメラワークと力ある役者たちによる掛け合いがそう見せない。とりわけ後者。長いセリフの数々が音楽のように聞こえる。

 『マ・レイニーのブラックボトム』は1927年のシカゴが舞台だ。音楽物はライヴがメインになることが多いけれど、ここではレコーディング風景が切り取られるのが面白い。ブルースの母と呼ばれるマ・レイニーと野心的なトランぺッター率いるバックバンドが、スタジオの中で緊張感ある衝突を繰り返す。音楽のおかげで随分空気は柔らかくなっているものの、扱うテーマはシヴィアだ。

 ヴィオラ・デイヴィスが創り上げるマ・レイニーの存在感に圧倒される。上にカールした長いつけ睫毛。パンダのような真っ黒アイメイク。リンゴ色の頬。歯にも金属を光らせる。当時の黄金色のドレスをゆったりと着こなしたデイヴィスは、さながら女王様。いつもの泣き顔を封印し、怒りを身体に充満させながら、音楽に全てをぶつけていく。性格がよろしくなくても、決して目を離せない人物だ。

 彼女にも臆さないトランぺッター、レヴィーに扮したチャドウィック・ボウズマンには要注意だ。一週間分のギャラを黄色い靴につぎ込み、声高く野心を語る男。女好きで、自信家で、音楽を愛していて…けれど、それだけではない複雑さを湛えている。ボウズマンはレヴィーの絶望と希望を細い身体に解き放つ。マ・レイニーやバンドメンバーは皆、白人マネージャーやプロデューサーだけでなく、レヴィーともぶつかる。その際に生じる歪み。ジョージ・C・ウルフはそれを見逃さない。

 希望は音楽に表れる。音楽家同士のエゴが擦れ合い、たった一曲のレコーディングがスムーズには進まない。けれど、一度同じ方向に向いたとき、音楽の力は何倍にも膨れ上がる。マ・レイニーが言うには、音楽は人生を豊かに、理解するためにある。マ・レイニーの歌声が鳴り響くとき、しかし、そこには確かに翳りがある。それこそが、物語の急所となる。

 マ・レイニーは分かっている。白人たちが影では自分の悪口を言っていることを。おべっかを使いながら、見下していることを。レヴィーはしたたかだ。白人に向ける笑顔には裏がある。壮絶な過去に蝕まれ、実は出口の見えない迷路に迷い込んでいる。レコーディングが終わったとき、それぞれが迎える結末は予想以上に苦味が強い。そしてそれはきっと、今の時代に生きる黒人たちも感じているそれだ。ブルースに魅せられながら、大人たちの掛け合いを味わいながら、そしてそのまますんなり受け取ろうとする観客の手をあっさりと離す。ブルースが黒人霊歌・労働歌をルーツにしていることを思い出す。





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