この世の果て、数多の終焉

この世の果て、数多の終焉 “Les confins du monde”

監督:ギョーム・ニクルー

出演:ギャスパー・ウリエル、ギョーム・グイ、
   ラン=ケー・トラン、ジェラール・ドパルデュー

評価:★★




 物語は日本が太平洋戦争で降伏する直前の1945年3月、インドシナで幕を開ける。ヴェトナム絡みの戦争映画は少なくないけれど、それは複雑な歴史背景と関係あるだろう。この時代はフランスと日本、二カ国同時に支配されていたという。

 フランス映画『この世の果て、数多の終焉』にはそういう背景説明は一切ない。ギャスパー・ウリエル演じる主人公は死体の山の中からむくっと起き出し、次の瞬間には復讐を決意する。相手は日本人ではなくヴェトナム人だ。作り手は主人公から目を離さない。ウリエルの一挙手一投足を凝視し、それにより戦争を浮かび上がらせようとする。

 したがってここでは大規模な作戦が語られることも、歴史を変える戦局が訪れることもない。ただただ主人公の個人的な心象が大切にされる(ただし、復讐の動機となる兄の殺害は言葉で語られるのみ…という強気の姿勢。おフランスだね)、心の旅などと言うと気取って聞こえるけれど、いやホント、頑固なまでにそれに賭ける。ちょっとテレンス・マリック映画を思わせるところもある。

 映画的な演出と言えば、語りのリズムに独特のペースがあるところ、観客が知りたいと思う情報を敢えて外して森深くにどんどん分け入っていく編集だ。神秘的なインドシナの自然と、それが奇妙に呼応する。主人公の心が映し出されるのは自然の緑であり、ウリエルの肉体ということだ。この「インテリ」な感じが鼻につく…ところはあるけれど、まあ、我慢できる程度に抑えられる。

 それよりも身を乗り出すのは、現実の惨さをすくい上げる細部描写だったりする。フランス兵士たちが酔うアヘン。バラバラになるのが当然の遺体。ヒルに襲われて腫れ上がる性器。心の慰めにも孤独にもなる売春婦。生々しさが胸に突き刺さる。

 頬の傷以外に顔にシワができてきたウリエルは、生活感があるんだかないんだか分からない空気を発散、これが狂気と密着して悪くない。ただ、身体は兵士にしては綺麗過ぎるだろう。腹直筋の美しさ…なんてここでは一切不要なのだ。





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