ルディ・レイ・ムーア

ルディ・レイ・ムーア “Dolemite Is My Name”

監督:クレイグ・ブリュワー

出演:エディ・マーフィ、キーガン=マイケル・キー、マイク・エップス、
   クレイグ・ロビンソン、タイタス・バージェス、
   ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、コディ・スミット=マクフィー、
   スヌープ・ドッグ、ロン・セファス・ジョーンズ、
   バリー・シャバカ・ヘンリー、ティップ・“T.I.”・ハリス、ルネル、
   タシャ・スミス、クリス・ロック、ウェズリー・スナイプス

評価:★★★★




 アメリカコメディ界には、マシンガントークを売りにするアフリカ系コメディアンが定期的に現れる。ルディ・レイ・ムーアはその走りなのかもしれない。最初こそ鳴かず飛ばずだったものの、下品な下ネタを吐くキャラクター、ドールマイトを生み出してからはとんとん拍子の出世ぶり。文化の違いか、その下ネタのどの辺が面白いのかはイマイチ理解できないものの、『ルディ・レイ・ムーア』の主人公を眺めていると、単純に元気が沸いてくることは確かだ。

 通常の伝記映画は苦労話がエピソードの大半を占めるものだけれど、そういう貧乏臭い匂いが全く感じられないのが良い。いや、ムーアも苦労はするのだ。けれど、根拠のない自信を常に心に持つ彼の言動は、苦労を苦労に見せない。レコード契約できなければ車を使って自主販売。新たな才能を見つければ積極的にスカウト。何の知識もコネもないのに映画製作。例えば映画撮影現場を覗いてみれば良い。はっきり言って大根演技も良いところで、その他の共演者・スタッフも含めて素人丸出しなのに、自画自賛の嵐が吹き荒れる。こういう底抜けの明るさって、最強だ。

 ムーアの成功の鍵は、そのしぶとさが握っていたのではないか。どんな状況でも前を向き続けることを恐れず、それゆえツキに見放されたと思っても、いつしかまたそれを手繰り寄せている。これがエディ・マーフィのキャラクターに見事にハマる。…と言うか、マーフィの中にムーアのスピリットが脈々を受け継がれていることが見て取れるのだ。絶好調だった80年代以降、何度もどん底を味わったマーフィ。その度に這い上がってきた。そして今彼は、ルディ・レイ・ムーアの魂を己の身体に映し出している。何てファンキーことだろう。Dolemite is my name, and fuckin' up motherfuckers is my game!

 監督のクレイグ・ブリュワーはムーアの魅力を伝えるため、細部描写に手を抜かない。マーフィが纏う大胆な柄の入った大きな襟付きジャケットの数々は眺めるだけで楽しいし、ムーアの勢いをそのまま封じ込めるカメラのライヴ感も最高。音楽は流れ出す度にハートに火をつけ、当時を語る上では欠かせないブラックスプロイテーションについても巧みに物語に組み込む。

 ただし、バカ騒ぎするだけの映画ではない。白人青年が撮影監督を務めた映画撮影現場には僅かな緊張感が漂うし、映画の買い手がつかないときにはさすがのムーアも落ち込んだ表情を見せる。翳りも見逃していないのだ。ところが、転んでもただでは起きないムーアの映画らしく、それを物語のリズム作りや緩急作りにちゃっかり使ってしまうのだから、気が利いているったらない。必要以上に観客の気持ちが沈むことがない。

 ご機嫌を極めたマーフィを盛り上げるのは、アフリカ系役者の仲間たちだ。とりわけ映画監督に扮したウェズリー・スナイプスとコメディエンヌを演じるダヴァイン・ジョイ・ランドルフが強烈な印象を残す。監督を引き受けたは良いものの、未来の大惨事しか見えない監督=スナイプスは、ぼやきがそのまま映画の突っ込みになって可笑しさ満点。自分をスカウトしてくれたムーアへの感謝を忘れることなく太陽のように輝き続ける女=ランドルフは、映画のハートとして映画の体温を上げる。時代の寵児となったムーアの周りにはそれに相応しい人々がいた。映画は彼らへの敬意も忘れていない。





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