ホテル・ムンバイ

ホテル・ムンバイ “Hotel Mumbai”

監督:アンソニー・マラス

出演:デヴ・パテル、アーミー・ハマー、
   ナザニン・ボニアディ、ティルダ・コバン=ハーヴィー、
   アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス

評価:★★




 2008年インドのムンバイで起きた凄惨なテロ事件を描く。…と来れば、当然描写がハードになることを覚悟しなければならない。ならないのだけれどしかし、まさかここまで振り切るとは…。「ホテル・ルワンダ」(04年)の衝撃を思い出したほどだけれど、ある一点において『ホテル・ムンバイ』の方が気分を重くさせる。

 テロリストたちの顔がそれはそれは丁寧に撮られているのだ。物語が彼らが狭いボートに乗ってムンバイにやってくるところか始まるくらいで、あどけない表情を残した青年たちが(劇中では少年と形容される)、何も躊躇うことなく銃を乱射する画の衝撃は、彼らの「普段の人間性」をちらつかせることで何倍にも膨れ上がる。これはモンスターの行為ではない。人間の行為なのだと叫び続ける。

 テロは駅構内で銃撃が始まり、続いてレストランが爆発、次いでタージマハル・ホテルが標的になる。悲惨なイメージの連続に呆気に取られて涙も出ないくらいなのだけど、緊張感を保ちながらも画が落ち着いてくると、テロ行為そのものよりも別のことが気になり始める。それは映画的脚色についての是非だ。

 事実としてあったことを知らしめるだけならドキュメンタリー映画にする方法もあっただろう。この映画はそうではない。生きるか死ぬか、それを軸に置いたサスペンスが畳み掛けられるのは当然としても、娯楽的気配が漂ったり、いかにもな作為が前面に出たりと、僅かな違和感がその存在を主張し始めるのは面白くない事態だ。

 具体的例を挙げる。絶体絶命の窮地に陥った人々が団結し、ホテルから脱出を図る画の数々は、往年のパニック映画に通じるもので、それに気づくと急に冷静になる。ホテルの従業員たちが己の仕事全うしようと現場に残って奮闘する様は、「タイタニック」(97年)の音楽団を思わせ、カタルシスのチープ化に通じる。ホテル従業員のひとりにデヴ・パテル、宿泊客としてアーミー・ハマーやジェイソン・アイザックスを投入するのは、画としては魅力的でも全体バランスの欠如を招く(しかもそれぞれの内面描写はさほど効いていない)。犯人以外にもたくさんの視点を組み込みながら物語を進める構成も物語を多角的に見せてはくれない。

 要するに事件そのものの迫力に優れた演出が負けているということなのではないか。随所に映画ならではの技を組み込み(例えば、犯人と宿泊客のいる場所を俯瞰で捉える画)、映画的興奮を引き出す。狙いがはっきり伝わり、それが透けてしまうのだ。終幕に描かれるある人物たちの再会やテロリストの肉親やボスとの会話など、作り込みが過ぎてほとんど呼吸ができていない。ここまで生々しく描写しても、現実に較べて甘ったるく感じられてしまうというのは厳し過ぎるだろうか。





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