ハウス・ジャック・ビルト

ハウス・ジャック・ビルト “The House That Jack Built”

監督:ラース・フォン・トリアー

出演:マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、
   シオバン・ファロン・ホーガン、ソフィー・グローベール、
   ライリー・キーオ、ジェレミー・デイヴィス

評価:★★




 ラース・フォン・トリアーとミヒャエル・ハネケには気をつけろ。…というのが映画ファンの合言葉になって久しいけれど、なるほど『ハウス・ジャック・ビルト』でトリアーが主人公に選んだ人物は、12年間で60人もの人間を殺害したという男だ。名をジャックと言う。いつも喧嘩腰なトリアーらしい選択と言える。過激描写が簡単に想像できちゃう。

 ジャックの語りという形が採られ、大きく分けて五つの殺戮の物語が時系列を無視して語られる。最初に描かれるのは、車の故障で立ち往生した中年女とそこを通りかかるジャックの話だ。ジャックは女を煙たがり、むしろ女の方が図々しく傲慢にまとわりつく。彼女は最初の犠牲者だろうか。得体の知れない者同士の掛け合いに狂気がちらつく。

 そうした流れの中に浮かぶのは、ジャックが強迫性障害を抱え込んでいること、潔癖症の気があること、殺害と並行して自ら己の家を建てていること…等、ジャックの「秘密」だ。あぁ、この映画は殺人鬼の精神世界を覗き見ることを目的にしているのか。様々な殺害エピソードを描くことで、その詳細を炙り出すのだろう。

 …なんて呑気に眺めていると、実はそういう短絡的な分析に走りがちな観客をトリアーが笑っている顔が見えてくるではないか。トリアーは多分、殺人鬼の内面なんて興味がない。トリアーが今回試みるのは、狂った思考で映画界の荒波を乗り越えてきた自身を、ジャックの姿に映し出すことだと思うのだ。それゆえ語られる狂気の芸術論。

 …とするならば、描写がやはり重要だ。ジャックの残忍な殺害の手口は自身の心の宇宙で展開されていることと同義だからだ。突発的な殺害も、じっとりねちねちしたそれもある。思いがけずグロテスクに変形する死体もあれば、人形風に美しく飾られるそれもある。かなりの確率で吹き出す画が採られているあたり、トリアーの自己分析は的確。「メランコリア」(11年)で自身の心を癒したトリアー。まさか姉妹編的意味合いをここに持ち込むとは…。

 殺人鬼ジャックを演じるマット・ディロンがなるほど怪演。演技の軸が目に置かれていて、全くがらんどうな世界をその奥に広げている。コメディとしての側面が出ているのは、ディロンがそこのところを理解しているからだろうし、エピローグの赤い衣装の姿が焼きつくのはディロンの「フランケンシュタインの怪物」的容姿が物を言うところ大だ。トリアーとディロンの組み合わせ、ふむ、悪くない。





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