暁に祈れ

暁に祈れ “A Prayer Before Dawn”

監督:ジャン=ステファーヌ・ソヴェール

出演:ジョー・コール、ポンチャノック・マーブグラン、
   ヴィタヤ・パンスリンガム、ソムラック・カムシン、
   パンヤ・イムアンパイ、ビリー・ムーア

評価:★★★★




 主人公ビリー・ムーアの背中から始まる。頼もしく盛り上がった広背筋。なで肩に見えるのは背筋に流れる僧帽筋が山を作っているからで、加えてその白い肌には清潔さを見てしまう。ところが、これがとんだミスリードで、ムーアはタイの地でドラッグ中毒となり、ボクサーとして戦いながら、自堕落な生活を極めている。

 どうやらムーアは「ミッドナイト・エクスプレス」(78年)も「ブロークダウン・パレス」(99年)も観ていないらしい。タイの刑務所はそれはそれは劣悪な環境で、更生を促すというよりは、サヴァイヴァルハウスの趣。これと較べたら、「プリズン・ブレイク」(05~09年)あたりは「社会」が成立しているだけマシ。喧嘩、レイプは当たり前。隣に寝ている者が翌朝死んでいても驚いてはいけない。極めて高い密度の中突きつけられるのは、全身タトゥーの悪人顔の男たちが発する獣の匂い。罪に見合わぬ地獄絵図。

 前半はムーアの目を通して見るタイの刑務所の実態だ。大抵の刑務所映画は、囚人メイトたちと連帯感が生まれたり、一発逆転の脱獄計画が練られたり、闇に咲く花のごとくちょっと良い話が挟まれたりするものだけれど、ここはひたすらシヴィアだ。無秩序の中、いかに一日を生き延びるか。それをじっくり観察する。絶望とはこういうことだと語り掛けるように。

 後半に入ってムーアがムエタイに目覚める。あぁ、遂に映画的展開に入るのかと白けるのは早計だ。ムーアがムエタイ戦士として戦う中に、安易で健全なスポーツ精神が入り込む隙はない。ムーアはおそらく、単純な生存本能のままに動く。もう一度やり直そうだとか生まれ変わりたいだとか、反省の心が彼を突き動かすのではない。ムーアは天から垂らされた蜘蛛の糸に縋るかのようで、けれど彼は運良く、そこに希望の熱を感じ入る。

 ムーアに扮したジョー・コールが入魂のパフォーマンス。鍛え上げられた身体だけが武器の生きる屍。ムーアは怪物的人格の持ち主ではなく、ドラッグに支配された情けなく弱い男だ。知らない言葉が飛び交う中、コールはその肉体にムーアの心模様を浮かび上がらせる。一見スポーツマン風で、しかしその実、がらんどうの心。それがいつしか、満たされるところまでは行かないにしても、何かの熱を感じる、その僅かな変化を掴み取る。

 『暁に祈れ』は自分を支配するべき王は自分であることを証明する映画だ。邪悪な何かに心をコントロールされていた男がそれに気づくまで。自分を取り戻すとはどういうことなのかを、刑務所の中、格闘技に挑む中に見せると書くと映画的だけれど、広がる悪夢はそんなに単純ではない。作り手は執拗にムーア=コールの肉体ににじり寄る。見つめることでしか、それを本物に見せる術はないと確信があるのだ。





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