シドニー・ホールの失踪

シドニー・ホールの失踪 “Sidney Hall”

監督:ショーン・クリステンセン

出演:ローガン・ラーマン、エル・ファニング、カイル・チャンドラー、
   ミシェル・モナハン、ブレイク・ジェナー、マーガレット・クアリー、
   ネイサン・レイン、ヤーア・アブドゥル=マティーン・セカンド

評価:★★




 自意識過剰に外観を凝った『シドニー・ホールの失踪』に原作がないのが意外だ。実話とも違うようだ。タイトルロールのシドニー・ホールは、彼が高校生のときに書いた「郊外の悲劇」という小説で有名な人気作家だ。映画は彼の人生を描き出す。ただし、一旦バラバラにし、その断片を繋ぎ合わせる手法で。時制が弄られるということだ。

 こういう構成にするならば、そうする意味がなければならない。ストレートに描くよりも効果的だと判断するからこそ、わざわざ面倒臭い切り貼りにするわけで、そこに説得力がない場合、物語は作為ばかりが前面に出る。そしてそう、この映画はその罠にまんまとハマるのだ。笑ってしまうぐらいに。

 大きく分けて三つの時代が描かれる。純粋に物を書くことが好きだった高校生時代。処女作がベストセラーになるも、栄光の裏に潜む影につきまとわれる作家時代。一匹の犬と共に放浪の旅に出るスランプ時代。順風満々に見えたシドニーの人生はどこで狂ってしまったのか。その核心をわざと隠す語り口がじれったい。しかも…。

 しかも、そうして全貌を現す人生の地図が面白くないのだ。高校時代と作家時代に犯した過ちが、その後のシドニーの人生に小さな綻びを作り、それが次第に大きくなっていったというのが真相で、でもそんなことは彼に限らず抱えているもの。人はそれを背負いながら道をまた見つけていくものだ。…となると、映画自体をシドニーの告白だと捉えたとき、言い訳をしているような、不幸な自分に酔っているような、そんな軽薄さが感じられてしまうのだ。メロドラマの主人公か何かと勘違いしているのではないかと…。

 それに童顔のローガン・ラーマンを主演に置いたのは無理があったのではないか。高校生時代には何の違和感もないものの、大人になってからは強引な役作りが浮き上がり、時にママゴトに見える。エル・ファニングの起用も同様だ。ローマンが同じ作家であるカイル・チャンドラーと対峙する場面での違和感の大きさは、何かの冗談だろうか。

 どうしてもローマンとファニングで行きたいのであれば、高校生時代の物語だけに絞れば良いのだ。材料はたっぷり揃っている。ローマンの母親の理不尽な態度など、もっと膨らませられるところだし、「事件」の真相も新聞の見出し程度の描き込みに終わることもなかったかもしれない。何よりローマンとファニングはきっと無理なく青春の輝きを体現したことだろう。おそらく作り手はいちばんの見ものを人生の翳りに見たのだろうけれど、作中最も説得力があるのは、ローマンとファニングがボーイ・ミーツ・ガールの世界に飛び込む初々しいエピソードなのだから。





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