マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー

マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー “Mamma Mia! Here We Go Again”

監督:オル・パーカー

出演:アマンダ・セイフライド、リリー・ジェームズ、コリン・ファース、
   ピアース・ブロスナン、ステラン・スカルスガルド、
   クリスティーン・バランスキー、ジュリー・ウォルターズ、
   ドミニク・クーパー、シェール、アレクサ・デイヴィーズ、
   ジョシュ・ディラン、ジェレミー・アーヴァイン、ヒュー・スキナー、
   ジェシカ・キーナン・ウィン、アンディ・ガルシア、メリル・ストリープ

評価:★




 メリル・ストリープがサロペットを着てカラオケ大会に興じ、年齢に不相応な悪乗りやバカ騒ぎをヴァイタリティがあると言い包めて、世界を震撼させた「マンマ・ミーア!」(08年)から10年。その続編が製作された。あぁ、またもや技術ではどうにもならないストリープのはしゃぎを見せられるのかと慄く観客は、ちょっとホッとするかもしれない。ストリープ演じるドナは既にこの世を去っているのだ。『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』はドナの若き日の恋を中心に展開する。

 ただし、若きを演じるのがリリー・ジェームズというのは、どう考えても突っ込み所だろう。あの小鹿のように愛らしいジェームズがストリープのように成長するだなんて、もはや絶対に狙った配役だ。映画ファンの大半は既に魔女顔っぽかった若き日のストリープを知っているのだし。ただし、あまりこれにグチグチ文句を言うべきではない。何しろストリープではなくジェームズをたっぷり拝むことができるのだ。ありがたや。ありがたや。

 ストリープ抜きの世界は幾分観る者の冷静さを誘う。そうして気づく。このシリーズの世界観の格好悪さ、イモ臭さはストリープを抜いたところで、どうにもならない。どうやら作り手は登場人物のそれぞれに「無邪気」や「天真爛漫」といったキーワードを見つけ、それを飾り立てるために敢えてちょいダサめを狙い撃ちしている。ちょいダサめに心地良さや楽しさがあるのは、この映画に限らず、言わずもがな。

 ところが、ちょいダサめというものは、案外意識的に作り出すのが難しい気配なのだ。作り手がここまでバカになれますと作り込んで提示する笑いがちっとも可笑しくないように(例えば「オースティン・パワーズ」シリーズ。或いは福田雄一映画)、人工的なちょいダサめは、ダサさよりも格好悪さ、芸の欠如、無神経な能天気さを浮上させる。いくらジェームズが可愛らしくて、歌が歌えたとしても、それを吹き飛ばすことはできない。

 話はアマンダ・セイフライド演じるソフィ(現代)とジェームズ演じるドナ(昔)の人生を重ねる構成が採られているものの、ソフィのパートはほとんどオマケのようなもので、ちっとも話が転がらない。ホテルの開店云々、或いは妊娠云々に意味はない。ただ、オリジナルキャストを揃えるために存在する。よく分からないのは、原作があるわけでもないのに、何故ストリープ演じるドナを死なせたのかということだ。別に生きていても全く支障のない展開ではないか。…で、ふと思ったのは、ドナの母、ソフィーの祖母としてシェールを担ぎ出してしまったことだ。

 見れば分かる。作り手がシェールを別格のスターとして崇めていることは。登場場面も歌唱場面も他の演者が全く目立たない演出で、シェール観音もそれに気を良くして、気持ち良くパフォーマンスを見せる。ここにストリープを放り込んでしまっては、まさかとは思うけれど、ストリープがシェールを押し退けて前面に出てしまうかもしれない。そんな恐ろしいこと、あって良いわけがない。ここはストリープに引っ込んでてもらうのだ。観音様が機嫌を損ねては困る。…と思ったところで、なんとクライマックス、ある思いがけない演出でストリープが顔を見せるではないか。二大スターにありありと気を遣う演出。もはや無邪気や天真爛漫という言葉が不釣り合いなそれであることは言うまでもない。





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