レディー・ガガ:Five Foot Two

レディー・ガガ:Five Foot Two “Gaga: Five Foot Two”

監督:クリス・モーカーベル

評価:★★★




 人気スターのドキュメンタリー映画の定番は、栄光の真っ只中にいるスターの苦悩を炙り出すというストーリーだ。ゴージャスで才能に溢れたスターの人間的側面に光を当てる。彼も、彼女も同じ人間なんだ、その裏には人知れぬ努力があるんだ…という流れ。『レディー・ガガ:Five Foot Two』の構造も基本は同じだ。ただ、そこいらのスターとちょいと違うのは、主人公レディー・ガガのキャリアの変貌がユニークだからだ。

 大抵のスターは人気が出るに従って、その常人離れしたところが膨れ上がっていくものだ。ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリー、マイケル・ジャクソンあたりが分かりやすい。ところがガガは、「Just Dance」でこの世に降り立ったそのときから、人間よりも宇宙人に近い生き物だった。革新的かつ未来的なサウンドもさることながら、ヴィジュアルイメージの破壊力が強烈だった。何と言うか、もはや人間であることを捨て去り、宇宙人として生きることを決意したかのような、佇まいだったのだ。けれどそれは、24時間全てをポップスターに捧げる、音楽への愛と献身があればこその、パフォーマンスだったことが分かる。

 この映画はそのガガが、宇宙人から人間へと戻っていく様を捉えている。アルバム「Joanne」のリリースとスーパーボウルのハーフタイムショー、このふたつを山に置き、レコーディング風景やドラマ撮影、MUSIC VIDEO製作、イヴェント出演の現場を追いかける。そこに宇宙人の姿はどこにもない。奇抜なスタイルを剥ぎ取り、素顔を晒すひとりの女しか見えない。音楽への愛と献身はそのままに、レディー・ガガはステファニー・ジャーマノッタへと還る。

 本当に全て素顔なのかと首を傾げるところはある。例えば、カメラが回っていても平気でおっぱいを見せる件など、さすがに作為的だ。ただ、それでもなお、ガガの音楽に真摯に向き合う姿は胸を打つ。身体の痛み、世間の反応、成功へのプレッシャー。ガガが人間らしく苦悩する様が、おかしな言い方になるけれど、新鮮だ。ガガがサロンパスを身体中に貼っていることを堂々と見せているようなものだ。

 ガガは自身の変化をこう語る。「成功によって自分に自信が持てるようになった。自分には価値があるんだと」。なるほど彼女の音楽が人々に何かを与え、ガガ自身は本当の自分を探し当てたということか。アルバム「Joanne」が非常にパーソナルな内容だったのには理由があったのだ。今は本来の自分でいるとき。ただし、いつかまた、宇宙人へ変貌する予感を抱かせる。

 ところで、せっかくガガの音楽との向き合い方を描いているのに、肝心の音楽パフォーマンスが見られないのは物足りない(音楽自体は何度も流れる)。おそらく人間ガガに焦点を合わせるための手段なのだろうけれど、せめてクライマックスくらいは完全なる今のガガを捉えたパフォーマンスを見せても良かった。それはガガの音楽への愛と献身が全て報われる瞬間でもあったはずだ。





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