ミッション:インポッシブル フォールアウト

ミッション:インポッシブル フォールアウト “Mission: Impossible - Fallout”

監督:クリストファー・マックァリー

出演:トム・クルーズ、ヘンリー・カヴィル、ヴィング・レイムス、
   サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、ショーン・ハリス、
   アンジェラ・バセット、ヴァネッサ・カービー、ミシェル・モナハン、
   ウェス・ベントレー、アレック・ボールドウィン

評価:★★★★




 イーサン・ハントを演じるトム・クルーズがロンドンの街を全力疾走する場面がある。身体を決して倒さず、地面に対して直角を守り、手を振り、足を振り、必死の形相で敵を追う。果たしてハントは敵を捕まえられるのか、というサスペンスが盛り上がるこの場面。興奮を覚えながら、同時に目から水が流れてくるのに気づく。別に感動ポイントがあるわけではない。泣かせがあるわけでもない。なのに何故。

 クルーズの映画に対する献身が胸を震わせるのだ。今のハリウッドでクルーズほど己の身体を娯楽に一途に捧げる俳優は他にいない。そう断言したくなるほど、クルーズのアクションに対する気迫が素晴らしい。クルーズ映画は撮影現場でのクルーズの命知らずのスタントが毎度話題になるものの、そんなのは余計な情報で、もし何も知らなかったとしてもクルーズの全力は人の心を掴んで離さないだろう。クルーズが危険なスタントに挑み続ける意義、人々はもっと真剣に考えた方が良い。

 もちろんいくらクルーズが身体を張ったとしても、それを映像に映す技がお粗末では魅力的に見えない。その点、クリストファー・マックァリーはクルーズのことを知り抜いている。クルーズに寄り過ぎることなく、過剰な編集に走ることなく、銃撃や爆発等余計な装飾に頼ることなく、生身の身体の持つ力、それに賭ける画を並べる。すると、画面の温度が急上昇カーヴを描く。命が宿る。

 例えば、クルーズがバイクスタントを見せる場面。この際、クルーズが脚でバランスを取るカットが出てくる。本来なら美しさを優先して見せないべきかもしれないそれを度々選ぶ意味。クルーズの真摯な姿勢が細かなところに顔を出す。トイレでの格闘場面、スカイダイヴィングやヘリコプターを交えたアクションも物語のエンジンに直結する輝きを放つ。クルーズを監視するCIAエージェント役で登場するヘンリー・カヴィルは、クルーズと一対一の対決を見せる。この際、カヴィルの動きがスーパーマンそのもので、ハント vs. スーパーマンの趣があるのも、思いがけず面白い。

 物語を通じて浮かび上がるのはプルトニウムの行方だけではない。ハントの人間性を前面に出す演出が選ばれる。ハントは冒頭、仲間の命を救うために、あるミスを犯す。それゆえに非難される。窮地に立たされる。けれど、作り手はそこにある人間らしさを讃えるのだ。スパイという決して楽ではない仕事を選び、そのために犠牲にしてきたものは多い。でも決してハントは己の身体の真ん中を貫く軸を曲げることはしなかった。それゆえの苦しみや哀しみをまとって生きる男。それがクルーズの俳優人生に被さる奇跡。

 「ミッション:インポッシブル」(96年)シリーズはこれまで、作品毎に監督が代わってきた。それが今回『ミッション:インポッシブル フォールアウト』で初めて、マックァリーが前作(15年)に続いて続投。その理由は終わってみれば明白ではないか。これまでのハントのスパイ人生が、前作の物語を中心に再び立ち上がってくるのだ。何故ハントがIMFで信頼を得てきたのか。それをまとめ上げるには、新しい血を注ぐよりも、これまでの血を信じることが大切だったのに違いない。サイモン・ペッグ、ヴィング・レイムスら仲間たち、ミシェル・モナハン、レベッカ・ファーガソンというハントに愛された女たち、彼らもまたハントの祝福に駆けつけたのだ。もしこれがクルーズによるイーサン・ハント最後の物語になったとしても何の不思議もない。完璧な幕切れだ。





ブログパーツ

スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ