さよなら、僕のマンハッタン

さよなら、僕のマンハッタン “The Only Living Boy in New York”

監督:マーク・ウェブ

出演:カラム・ターナー、ケイト・ベッキンセール、ピアース・ブロスナン、
   シンシア・ニクソン、カーシー・クレモンズ、ジェフ・ブリッジス

評価:★★




 ニューヨークが舞台で、主人公青年を中心に、登場人物が自己分析的な言葉を操りながら右往左往。だから最初思ったのだ。マーク・ウェブはウッディ・アレン映画風の外観を目指したのだろうか。…となると、青年(カラム・ターナー)の前に現れる謎の男(ジェフ・ブリッジス)は青年の分身に違いない。青年が創り出した想像の人物だ。けれどこの読みは、終幕、謎の男が青年以外とようやく口を利くにあたり、あっさり却下される。

 問題は代わりに明らかになるファクトが物語の主役になってしまったことだろう。平凡で退屈な人生。「街は魂を失った」とニューヨークを嘆く青年の人生が一変、実は様々なドラマに支えられていることが判明する。ウェブはここに潜む各々の感情よりも、その種明かしそのものに眼差しを向ける。

 そうでなければファクトが浮上した後の青年の心の動きを丁寧に追いかけるはずだ。ウェブはファクトをソウルであると勘違いし、平気で一年後に話を飛ばす。青年はと言うと、それに納得し、自分のアイデンティティーを見つけた、その余裕に浸る。得意気にすら見える。

 …という話の構造を差し引いても、そのセリフのしゃらくささには抵抗を覚える。いかにも頭の良い人が脳みそをこねくり回して捻り出したセリフの応酬。自意識たっぷりにそれを口にする登場人物たちの尻を蹴っ飛ばしたくなる。全て分かった風なのが、嫌だ。

 青年を演じるターナーは、エディ・レッドメイン系の風貌ながら、レッドメインよりは大分骨が太い。また、笑った顔はジェームズ・フランコ風だ。あーだこーだと悩む佇まいは、身体が大きい分、やや鈍さが目立つ。もう少し軽快感ある肉体の役者の方がぴたりとハマる役ではないか。まあ、そうしたところで、話にスピードが出るとも思えないけれど…。

 そんなわけで裏切らないのは結局、ニューヨークだ。別に名所なんて出てこないし、ニューヨークでなければならない必要もない。けれどニューヨークの街は、決して人を突き放したまま無視を決め込むことはしない。人間がバカに走っても、彼らを抱き締める包容力はこの街ならでは。『さよなら、僕のマンハッタン』はそれに救われている。





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