フェンス

フェンス “Fences”

監督・出演:デンゼル・ワシントン

出演:ヴィオラ・デイヴィス、スティーヴン・ヘンダーソン、
   ジョヴァン・アデポ、ラッセル・ホーンズビー、
   ミケルティ・ウィリアムソン、サナイヤ・シドニー

評価:★★




 のっけからから膨大なセリフ量にたじろぐ。清掃員のデンゼル・ワシントンとスティーヴン・ヘンダーソンのセリフの応酬から始まり、いつしかそこにヴィオラ・デイヴィスが加わり、ラッセル・ホーンスビーやミケルティ・ウィリアムソンが顔を出し、しかも長台詞を強調するような撮り方が連発される。監督を兼ねたワシントン、気合いが入っていると言うか、気合いが入り過ぎと言うか。

 ファーストシーンのイメージはなかなか崩れない。おそらくベースとなる舞台劇とほとんど同じ構成なのではないかと察するのだけれど、外の場面もあるし、カメラも良く動くのに、『フェンス』には舞台臭が常につきまとう。それはセリフの噛み砕き方が足りなかったり、場面転換に柔軟さが感じられなかったり、登場人物の出し入れがいかにも舞台的だったり…と原因は様々だ。

 ただ、いちばんの理由はワシントンの大芝居にあるのではないか。一見厳格で古風な昭和的オヤジのようなワシントンが、高圧的な演技で画面の前面に貼りついて離れないのだ。それだけならまだしも、陽気でおしゃべりな役柄が次第にその怪物性を浮上させるものだから、画面の圧迫感は加速度をつけて上昇。オヤジのダメなところが出ずっぱりになってからは、しかもそれに言い訳して悪びれない態度でいるので、いよいよ画面が息苦しさでいっぱいになる。ワシントン史上最高に格好悪い役柄(やたら時代の被害者意識が強い)が空回り。

 演技の暑苦しさは画面に伝染する。監督ワシントンは決定的な場面を描かない。浮気はしても浮気相手は出てこない。身内が拘束されても警察は出てこない。息子たちが音楽やフットボールに精を出しても、その腕を見せる場面は出てこない。そんな暇があるならば、悪魔的なセリフを操り、家族の問題を詰め込む方が良い。それがワシントンの考え方で、簡単に言うなら、抑揚というものがここにはないのだ。おそらくワシントンは描かない技に酔っている。

 理不尽な家族の崩壊を通してアメリカを描く試みがなされているのだろう。ワシントンが作るフェンスはその象徴だ。家族を締め出すためにあるのか、あるいは外に逃さないためにあるのか。登場人物によってフェンスの見方が変わってくるところが面白いはずだった。ワシントンは自分の冴えない人生を差別のせいにし、息子の才能に嫉妬し、重圧から解放されたかったと浮気した自分を弁護する。怪物性がフェンスを容易く突破してしまうためか、フェンスの頼りなさばかりが目立つ。

 正直なところ、ワシントンが惨めを極め、遂には退場してからの方が面白い。家族はいよいよバラバラになり、画面に枯れた気配が漂うのにホッとする。ダメオヤジはダメオヤジのまま、しかし避けては通れないこの男に家族がどう向き合うかが丁寧に綴られる。監督ワシントンも自分が出ていない分、冷静に場面を見られたのかもしれない。中盤以降ぐんぐん存在感を増す妻役のデイヴィスが、終幕をまとめ上げる。デイヴィスの相変わらずの鼻水たらたらの泣き演技にはうんざりするものの、それでもやっぱり巧い(ワシントンが完全に喰われるのが可笑しい)。デイヴィスが庭で息子のジョヴァン・アデポを諭す場面は、物語を考えると説得力に欠けるものの、それでも見入るものがあった。





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