わたしは、ダニエル・ブレイク

わたしは、ダニエル・ブレイク “I, Daniel Blake”

監督:ケン・ローチ

出演:デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、
   ディラン・フィリップ・マキアナン、ブリアナ・シャン、
   ケイト・ラッター、シャロン・パーシー、ケマ・シカズウェ

評価:★★★




 理由はそれぞれ違えど、作品を観る前から気を重くさせる監督がいる。例えばミヒャエル・ハネケ。例えばラース・フォン・トリアー。そしてケン・ローチもまた、作品に向かう足取りを重くさせる人だ。達者な演出力に感心しつつ、気が滅入る一方なのだ。「天使の分け前」(12年)のような作品も撮れるのに、社会への思いが強過ぎて、映画空間の中で現実が窒息状態を続けるからだ。

 『わたしは、ダニエル・ブレイク』では役所仕事の無慈悲、融通の利かなさが糾弾される。病気のため仕事をしたくてもできない大工や、たったひとりで子どもを育てるシングルマザーが、マニュアル通りの対応しか許さない国に仕える者に苦しめられる。弱者に寄り添うための制度が、逆に彼らを追い詰める。

 ローチはフィルモグラフィを眺める限り、真面目で誠実な人だろう。おそらく徹底したリサーチの上で作品に挑んでいるはずで、ここに描かれる過酷さも現実からかけ離れたものではないはずだ。日本に住んでいても既視感を覚える場面は多々ある。ローチは社会に押し潰される寸前の彼らから目を離さない。そしてその先で彼らに無視を決め込む不条理を徹底して睨みつける。

 怒りだ。ローチの社会に対する怒りが物語を転がす原動力になる。口は悪くても気の好いダニエルや必死に歯を食いしばって生きるケイティの顔から笑顔を奪う制度に対して、彼ら以上に怒っているローチの顔が浮かぶ。自分の仕事は役に立っていると自己満足に浸り、快感の海に浸る者には決してその痛みは分からない。ならば自分が声を上げなければ!

 ローチの怒りは当然だし、その姿勢も立派なものだ。ただ、それが映画を観る喜びをも抑え込んでしまうところ、いつものローチ映画と同じく引っ掛かりを覚える。希望を意識したカットだってあるのに、怒りの熱量が大き過ぎて、それをすんなり掴まえられないもどかしさよ。ラスト近くで、ダニエルが求職手当ての申請をまたもや拒否される場面の冷気など、ちょっとしたホラーの様相。志に共感を覚えながら、映画自体が悲鳴を上げているのに違和感を感じるのだ。

 それでもダニエルを演じるデイヴ・ジョーンズの佇まいには見入る。愚かな行政に対して「俺が諦めると思ったら大間違いだ。しぶとい男だ」と言ってのける男の身体を貫く、朗らかで心根の優しい感性を抱きしめるかのような演技だ。ケイティとその子どもたちを見つめる目に、流れる血の温かさを感じずにはいられない。ジョーンズはスタンダップコメディアン出身なのだという。なるほど、分かる気がする。





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