たかが世界の終わり

たかが世界の終わり “Juste la fin du monde”

監督:グザヴィエ・ドラン

出演:ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥー、マリオン・コティヤール、
   ヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイ

評価:★★




 世界が注目するグザヴィエ・ドランの下に、今のフランスを代表する、スター性も演技力も具えた俳優陣が集結。それだけで高揚を抑えられない者の脳天にハンマーを振り下ろす勢いの映画だ。『たかが世界の終わり』は冒頭で流れる楽曲で宣言する。「家は救いの港ではない」。

 余命幾ばくもないらしいギャスパー・ウリエルが12年ぶりに家に足を踏み入れると、そこには兄のヴァンサン・カッセルが不機嫌に立つ。その嫁のマリオン・コティヤールが微笑む。妹のレア・セドゥーが感激する。母のナタリー・バイはハイテンションにもてなす。スターオーラが激突する狭い空間の圧迫感たるや!ドランはしかも、その圧力を更に刺激する。

 ここの住人たちは思ったことを全て口に出さないと生きていられない性分らしく、次から次へ言葉をぶつけ合う。しかもそこにはオブラートで包むなどという配慮は一切ない。ほとんど石をぶつけ合う要領で言葉を戦わせるのだ。はっきり言って辛い。たとえスターが並んでも辛過ぎる。

 しかもこの調子が最後まで続く。主演のウリエルと各共演俳優を一対一で対峙させる見せ場を用意しながら、それぞれの心象を剥き出しにしていく。この家族はどうしてこうなのか。どうしてこうなってしまったのか。大抵の家族は過去に何かの事件があり、それをきっかけに機能不全に陥るものだ。ところがここにその気配はない。ドランは意地悪く、これを「普通」として見せる。

 この「異常」をウリエルが全て受け止めてしまうところが面白い。既に諦めてしまっているゆえなのか、それともそうするしかその場を切り抜けられないと知っているからなのか。ウリエルは自分は言葉少なに、しかし投げ掛けられる言葉は全て毛穴に沁み込ませる。穏やかな物腰。そこに時折ドキッとするような狂気を滲ませる。

 遂に自分の運命を家族に伝えようという瞬間は、ホラー映画の様相ではないか。それぞれのエゴが見えない何かに形を変え部屋に漂っているような…。これを突破するにはどうしたら良いのだろう。ひとつの答えが提示される。普通なようで、案外恐ろしいそれではないか。

 ドランの才能が暴走したがゆえの歪な物語を眺めながら、実はそれとは別に、ずっと頭に浮かんでいた思考がある。ウリエルの美しさだ。髭跡があっても疲れが身体に滲んでも、その美貌にはマイナスにならない。ウリエルをもっと肩の凝らない映画で観たい。ドランの突き出すナイフに、ウリエルの差し出す美が勝利する。





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