ヴィクター・フランケンシュタイン

ヴィクター・フランケンシュタイン “Victor Frankenstein”

監督:ポール・マクギガン

出演:ジェームズ・マカヴォイ、ダニエル・ラドクリフ、
   ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、アンドリュー・スコット、
   チャールズ・ダンス、ブロンソン・ウェッブ

評価:★★




 遂に完成する怪物はこれで良いのだろうか。身体の輪郭は、まあ確かにイメージ通りではあるものの、何と言うか、ジャイアント馬場が白塗りをしているだけに見える。ご丁寧に履いているのは、プロレスラーが履くようなパンツだし…。

 実はこの怪物が醸し出す空気は、一応メアリー・シェリーの原作をベースにしているらしい『ヴィクター・フランケンシュタイン』を象徴している。生まれてきてはいけなかった者としての哀しみが、微塵も感じられない。彼は単純に殺戮マシーンとして動く物であり、そこに感じ入る隙は皆無だ。舞台をロンドンからアイルランドへと移してからは、ほとんどテレビゲームのノリではないか。

 どうやらポール・マクギガンは、フランケンシュタイン博士が助手のイゴールを自身の最高傑作だと言うところにこそ重きを持たせたかったらしい。けれど、それもしくじる。ダニエル・ラドクリフの演技が一本調子だからではない。サーカスのピエロとして人間として扱われてこなかったせむし男には(メイクはバカ殿風)、腰が曲がっていたのが治ったこと以外に変化が見られないのだ。博士が助手を頼りにするのは分かる。けれど、「身体が治った」「世界が変わった」以上の感慨なくして、何を思う。

 同じことが博士にも言える。ジェームズ・マカヴォイはフランケンシュタインの狂気をぎらぎらした目に宿らせる。静かな場面でも湧き上がるその匂いは確かに魅力的だ。けれど、彼は最初から狂気を湛えた存在としてそこにいる。徐々にその本質を見せるのではない。狂気を大胆であると言い包めることには成功しても、一貫して危うい存在だ。これでは倫理観に揺さぶりがかけられない。命を操るのは愚かしいことだという極めてフツーの価値観しか浮上しない。

 TVシリーズ「SHERLOCK シャーロック」(10年~)を思わせる演出が見え隠れする。骨が透けて見え、そこに文字が浮かび上がる。アクション場面にクイックモーションやスローモーションが入る。科学的根拠を投入した展開があり、アンドリュー・スコットが登場する。マクギガンは何と、「SHERLOCK」の演出を手掛けたこともあるようで、なるほど納得。けれど、ならばどうしてこの勢いを最後まで持続させられなかったのか。物語が進めば進むほど、視覚効果頼みの無個性ホラーへと堕ちていく。

 マクギガンが「SHERLOCK」に関係があるとなると、博士と助手の間に妙な空気が流れるのは計算の内なのだろう。博士の助手への固執、助手の博士への尊敬の眼差しがいやらしく見える。やたらボディタッチが多く、顔を近づけ過ぎる場面もある。余計な計算だ。こういうのは意図した途端に臭くなるものだ。そちらへの愛を、博士の過去にまつわる狂気の源に注ぐべきだった。





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