スポットライト 世紀のスクープ

スポットライト 世紀のスクープ “Spotlight”

監督:トーマス・マッカーシー

出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・ワイズ、
   リーヴ・シュライバー、スタンリー・トゥッチ、ジョン・スラッテリー、
   ブライアン・ダーシー・ジェームズ、ビリー・クラダップ

評価:★★★




 ある事件の資料を眺めながら、ふたりの男が顔を突き合わせている。ひとりが言う。「これを公表して、誰が責任を取るんだ」。するともうひとりが答える。「じゃあ、公表しない責任は誰が取るんだ」。『スポットライト 世紀のスクープ』の物語を動かす燃料はここにある。カトリック教会が絡んだ児童虐待スキャンダルという事件の衝撃性もさることながら、それを追うボストン・グローブの記者たちのジャーナリズムへの向き合い方に魅せられる。

 トーマス・マッカーシーはもちろんそれを承知で話を進める。とっかかりこそ醜悪な事件の追求だけれど、次第に記者たちの巨悪に立ち向かう姿に狙いを定めて語りをシフトさせる。すると物語からメロドラマ性が排除される。浮ついたことがない。

 これは実は賭けだったのではないか。虐待を行っていた神父たちとそれを隠蔽する協会側の顔はほとんど出てこない。弁護士を通じてぼんやり見えるだけで、となると事件を実感として得難い危険が出てくる。けれどマッカーシーは敢えてそれを選ぶ。何が記者たちをかき立てるのか。それを描けば事件の悍ましさは伝わると、観る者を信じている。

 記者たちは別段、格好良く撮られない。レイチェル・マクアダムスは素っ気ないスタイルを通すし、マーク・ラファロは小汚いと言って良いくらい。マイケル・キートンはいつも通り豪快に禿げ上がっている。けれどそんな彼らが、何ともまあ、痺れさせてくれるのだ。

 それは多分、ここに今のジャーナリズムから消えかかっているものが確かに見えるからだ。彼らの武器はどこにでも駆けつける足だ。そして大切なことを聞き逃さない耳と、それを書き留める手だ。もちろん目はいつも視界に入るあらゆる情報に敏感だ。つまり彼らは自分の肉体と五感をフル活用する。

 大した調べなどなされていない落書きが記事としてわんさか発表される時代だ。テレビやSNSの言葉が簡単に引用され、いるのか疑わしい証人の言葉がそれらしく取り上げられ、(いかに正確であっても)その記事により人間ひとりの人生が破滅に向かうことに無自覚な暴力的記事も多い。それをそのまま受け入れた読者が、退屈な正義・正論を振りかざして悦に入る(自分は常識的で倫理観ある人間だと確認する)安い現象も多々見られる。それらとは明らかに違うところで闘う者たちの取材力。マッカーシーはそこにスポットライトを当てる。

 好みで言えばもう少しユーモラスな場面が欲しいし、ブラックな味を忍ばせても悪くないと思う。折り目正しく、行儀良く、正統派の枠を破れなかったように見えなくもない。それでもこの低温の熱量は中毒性がある。記者たちが次は何を暴くのか、気になるくらいに。





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