アーロと少年

アーロと少年 “The Good Dinosaur”

監督:ピーター・ソーン

声の出演:レイモンド・オチョア、ジャック・ブライト、サム・エリオット、
   アンナ・パキン、A・J・バックリー、ジェフリー・ライト、
   フランシス・マクドーマンド、スティーヴ・ザーン

評価:★★




 おそらくディズニー映画だったなら『アーロと少年』を素直に受け取ることができたのではないか。生きる場所が違う生物でありながら親しくなった幼いふたつの命が、家族から逸れるという同じ境遇に何かを感じ、いつしか強い絆で結ばれていく。実に健全なテーマで教育教材にできる程だ。けれど、ピクサーの名前を掲げられると、これで良いのかと意地悪く思ってしまうのだ。地球に隕石が衝突せず、恐竜が絶滅しなかったら…という設定以上に想像力が広がらない。

 この世界では恐竜が喋り、人間(と言うか原始人?)が喋らない。恐竜は家を建て、畑を耕し、食物をサイロに貯蓄し、鳥や牛を飼い、時には火を熾す。容姿は我々が知る恐竜そのままで、彼らはそれをやってのける。けれど家を建てる場面そのものはない。道具を用いるエピソードはない。火を熾す瞬間はない。アニメーションだからという甘えが見えるというのは言い過ぎか。少なくともこれまでのピクサー製アニメーションは、自らに厳しいルールを課していた。

 細部に目を凝らすことを放棄したピクサーは、恐竜と少年の関係が深まっていくことと恐竜が恐怖を克服することをテーマに置いた物語に集中する。おかげでふたりが距離を縮めていく過程、阿吽の呼吸を見せる場面は楽しい。これぞディズニー精神と言いたくなる健康的な心理模様。

 けれど、そのお行儀の良さのために肉食恐竜が心優しかったり、翼竜が悪役を一手に引き受けたり、喋る生き物とそうでない生き物の境が曖昧だったりと雑な部分が目立つのも事実だ。通常のピクサー作品にある生きる厳しさに通じる翳りが感じられないため、作り手に都合良く、或いはやたらに子どもっぽく見えたりするのだ。

 そもそも恐竜のデザインが、日本の漫画でもありがちだけれど、目を大きくしただけで終わっているようにしか見えないのが嫌だ。大自然の描写が実写としか思えないほどに生き生きしているので余計に漫画色強い恐竜が浮き上がる。少年のデザインがアニメーションならではの愛らしさと躍動感を具えているのと対照的だ。

 ただし、ピクサーも意地を見せる。恐竜と少年はもちろん、いつまでも一緒に生きていくことなどできない。クライマックスには別れの場面が用意される。このときセリフを一切使わず、事前に蒔かれた伏線を効果的に用いる。言葉よりも雄弁に物事を語るものがある。こんな風に情感を湛えることができるのだ。それならばいっそ、恐竜も一切喋らない演出にしてくれれば良かったのに。





ブログパーツ

blogram投票ボタン

スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

プロフィール

Author:Yoshi
Planet Board(掲示板)

旧FILM PLANET

OSCAR PLANET




since April 4, 2000

バナー
FILM PLANET バナー

blogram投票ボタン
blogram投票ボタン
人気ページ<月別>
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Friends
福☆こもろ