ギヴァー 記憶を注ぐ者

ギヴァー 記憶を注ぐ者 “The Giver”

監督:フィリップ・ノイス

出演:ブレントン・スウェイツ、ジェフ・ブリッジス、メリル・ストリープ、
   オデイア・ラッシュ、アレクサンダー・スカルスガルド、
   ケイティ・ホームズ、キャメロン・モナハン、
   エマ・トレンブレイ、テイラー・スウィフト

評価:★★




 世界の荒廃を経験した後に創られたその社会では、全ての人間の「平等」が目指される。正しい言葉や着るべき衣服の指導を受け、仕事は与えられたものをこなすのみ。動物は人間以外に生存せず、音楽も見当たらなければ、夢を見ることもない。肌の色や人種によって差異が出ることのないよう、色彩も奪われる。家族すら上の人間から与えられる。前提がバカバカしいと片づけるのは簡単だけれど、お遊戯の役が全員お姫様や王子様だったり、徒競走で順位がつかなかったり、それを良しとする人間がいることもまた事実だと忘れてはいけない。それとどこが違うのか。

 当然世界観が否定される。過去の記憶をギヴァー(記憶を注ぐ者)から受け継ぐレシーヴァー(記憶の器)という仕事に任命された青年が、自我に目覚め、実は死んだように生きている自分たちを知る。『ギヴァー 記憶を注ぐ者』は「トゥルーマン・ショー」(98年)の若者ヴァージョンと言ったところで、生きるとはどういうことか、その意味を問い掛ける。

 真実を求めて、そして己の解放を求めて疾走する青年の反乱は、心を取り戻す旅だと言って良い。知識を得ることで心の豊かさを知り、それゆえに感じることに敏感になり、それに伴う痛みや苦痛を受け入れることで、遂には愛に辿り着く。真に結構な変化ではあるものの、啓蒙的な匂いが色濃く出ているのは大いにつまらない。作り手が上から導いている気配があり、次第に教育映像でも見せられている気分になる。

 そうなってしまったのは多分、娯楽性を具えた物語の割りに、アクションやサスペンスが平板だからだ。世界観の説明に60分が費やされ、ようやく青年の暴走が始まるラスト30分は、抑揚に欠けた逃走劇が綴られるのみ。しかもその大半は青年が赤ん坊を抱いて荒野を彷徨う画なのだ。テレンス・マリック映画でも目指しているのかと邪推する。

 青年が注がれる記憶がBBCのドキュメンタリー映像臭いのも閉口する。生を実感する人々の姿、大自然とそこで生きる生き物の生態。戦争を含めた残酷な人間の行為。行儀が良くても味気ない映像の羅列は、本当に青年はこんなものに魅せられるのかと突っ込みたくなるほどだ。お説教なら結構。

 それこそこの題材ならば、若い命が体制に反旗を翻す、昨今流行りのアクション映画風にしてくれた方が良かった。「ハンガー・ゲーム」(12年)や「ダイバージェント」(14年)のような。今現在、我々が生きる社会にも影は忍び寄る。まだ俺たちは引き返せる。それを謳うには頭でっかちだ。思慮深さを目指した節があり、それが裏目に出た映画だ。監督はフィリップ・ノイスか。原作のせいだろうか。





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